後編

 連続で転移する私の移動先を読むかの様に、見えない斬撃が私に傷をつける。

 敵の能力が空気操作であるという事は、空気の動きに鋭敏であり、私の転移先をある程度把握できるという事か。

 これは想定外だった。

 港のコンテナからコンテナに飛び回り、どうにか距離を取ったところでコンテナから飛び降りる。

 私は能力空間からメイド人形を建物の影に転移させ、その影にクレイモア地雷を設置した。

 敵は狙い通り私の人形を追い、クレイモアの起爆線に体を引っ掛ける。

 クレイモアから放たれた鉄球を圧縮空気で防ぐ敵に、私は引っ張り出した火炎放射器を向けた。

「っ!」

 敵の顔にようやく動揺が走る。

 圧縮空気は炎を伝播させ、敵の体を焼く。

 敵はすぐに空気で火を吹き飛ばしたものの、その顔から余裕は消えていた。

 もっとも、こちらにも余裕など無い。

 スモークグレネードを投げつけ、コンテナの合間に逃げ込んで転移。

 同時にメイド人形も転移させ位置を撹乱する。

――冥土忍法「分身の術」

 探知能力のある敵には有効な技である。

 このまま奴のスタミナを削り切り、大火力で叩き潰す。

 私の脳裏に浮かんだ勝利までのビジョンは、次の瞬間に崩れさる。


 男は、空中を走ってこちらを見下ろしていた。


 空中を走るという事は、必要な強度と座標を一歩ずつ正確に把握し、能力を発動し続けると言う事である。

 一瞬でも間違いがあれば奈落の底に落ちる行為を、男は難なくこなしていた。

 言葉を失った私に、圧縮空気の斬撃が襲いかかる。


 

 

 俺は空気の斬撃を地上のメイド女にバラ撒いていた。

 女の方はオレを欺くための人形を駆使して時間を稼ごうとするものの、上空から全てが見えている俺にとっては一瞬の目移りでしか無い。

 火傷を負った体がひどく痛む。

 今日は厄日だ。

 こんなにも死を感じた日は他にはない。

 俺は追い込み漁の如くメイド女をコンテナの無い方向へと追い立てていく。

 ふと、俺は空から何かが落下してくるのを感じた。

 足を止め、空を見上げる。


 上空からパラパラと降ってきたのは、奴が地上で仕掛けて回っていたクレイモア地雷だった。

 上空から雨のように降ってくる地雷は、俺の周囲で炸裂した。

 内蔵された無数の鉄球が俺を食い殺す為に飛んでくる。

 全力で周囲の空気を固定する。

 食い止めたはずの鉄球も、後続の鉄球に弾かれて空気の鎧を貫通してしまう。

 皮膚に到達した鉄球を、さらに体内で固定した空気で食い止める。

 鉄の雨が止んだ後も、俺は辛うじて空中に留まっていた。

 これだけの量を転移すれば、ヤツの体力も尽きる寸前だろう。

 俺はメイド女を探す。

 そして、背後の気配にようやく気がついた。

 振り返った俺とヤツの視界が交錯する。

 空気の斬撃は、メイド女が身を捩りながら落下した事により当たらない。

 メイド女は叫び声と共に手を伸ばし、ギリギリの所で俺の足を掴む。

 次の瞬間、俺の下半身がヤツの空間に飲み込まれ、上半身と切り分けられた。


 割れそうな頭を抱えて、私は何とか立ち上がる。

――冥土忍法『冠舞かむりまい

 大量の爆発物を散布し、生れた隙を突いて相手の半身を能力空間に仕舞う。

 莫大な体力を消費し、致命的な隙を晒す特攻技。

 能力の使用過多で溢れる鼻血を拭って、私は半身になった男を見下ろした。

 男は、なんと半身の身になっても能力で血液を循環させて生きている。

「……だから嫌だったんだ。

 いつか大穴にハマるって分かってたはずなんだがな」

 男は苦笑いを浮かべた。

「誰しもが、熱に浮かされる自分から目を背けている。

 賭けは胴元が必ず勝つと知っているのに」

 男の能力が乱れた。

 男がせき込み、断面から血が流れだす。

「介錯を頼む、俺は面倒が嫌いなんだ」

「畏まりました、旦那様。

 良い夢を」

 クーナン.357マグナムで二発撃ちこみ、私は男を眠らせた。

「しかし、どうでしょうね。

 今回のことで言えば、博打打ちだったのは私だったと思いますよ」

 なんだか悔しくて言わなかった言葉を残して、私は能力空間からバイクを引きずり出した。

 空は白み始めている。

 メイド長から与えられた休暇は残り僅かだ。

 私はメイド服を翻して、バイクに跨った。


 私の名前は古宮美々、イカロスだって落とせる太陽メイド。

 難敵に打ち勝ったことで気分は上場、大量出血で気を失いそうになりながらも帰還した私を、メイドの同僚たちが喚起で出迎えてくれる。

「美々さん、よくぞご無事で……」

「あんなに勇ましく出て行ったのに死にかけていて私達どうしたものかと」

「美々さんが死んだら私達がお嬢様にひどい目にあわされてしまいますもの。

 生きた心地はしませんでした」

 なんて憎まれ愚痴を叩きながらも、同僚たちの目が涙で腫れているのはご愛嬌と言った所だ。可愛い同僚たちである。

「可愛くない人たちですねー。

 それで、千佳はどうしていますか?

 意識が戻ったと聞いていますし、早く顔が見たいのですけれど」

 私の言葉に、同僚たちは困ったように顔を合わせた。

「その……今はあまり調子が良くなさそうなので、また後日になさっては」

「とにかく、意識はあるんですね。

 一目見たら退散しますから、ご心配なく」

「あっ、ちょっと!」

「今は止めといたほうが……」

 同僚たちの制止を振り切り、千佳が居るという部屋に向かう。


「魁璃、あ~ん」

「仕方ないですね……」

 部屋を勢いよく明けた私の目に飛び込んできたのは、デレデレとした表情を浮かべながら兎型の林檎を魁璃お嬢様に食べさせてもらっている千佳だった。

 私はずっこけた。

「人の気も知らないでデレデレしてる馬鹿はどこの誰でしょうねぇ……!」

 私は能力空間からクーナン.357マグナムを引き抜く。

「どわ~っ!?美々!?

 冗談になってねぇぞ!」

「全く、何を怒っているのですか、美々。

 あなたが独断専行するから、この駄犬を看病する人が居なかったのではありませんか」

 頬が緩んでいますよ、ご主人様。

 私はまるっきり損した気分で銃を仕舞った。

「それで、ご主人様。

 清掃部隊のメイド達が例の空気操作能力者の死体を回収した様です」

 私の言葉に、ご主人様表情が引き締まる。

「分かりました。

 私は奴の残留思念を調査して来ます。

 ……このバカの介護は任せましたよ」

 名残惜しそうに走って行くご主人様。

 あの人が千佳より調査を優先するとは、やっぱり今回の事件には何かあるのだろうか。

 不自然に多い超能力者と、異常な強さの空気操作能力者。

 メイド達の間では、敵が取引していた薬物が人工的に超能力者を生み出す効能を持っているのではないかという噂が流れている。

 そして、それを否定する情報は今だに出ていないようだった。

「しっかし、お前傷だらけだなぁ。

 アイツ強かったもんな」

 私の思考を、千佳の声が遮った。

「そうですよ、私はか弱いですから。

 あなたのために必死に戦ったのに、当の本人はご主人様とイチャイチャしてるんですから。

 ひどいです、横暴です、すけこましです」

「ったく、拗ねるなよ。

 拗ねる所だけは昔と変わんないのなぁ、お前」

 私は思わず動きを止めた。

 私達の過去……、人類進化研究所の行っていた非道な実験、超能力者進化計画に参加させられ、能力者の子供たちで殺し合った暗黒の日々。

 私と千佳はそこで友達として戦い、人類進化研究所が破壊されたその日に離れ離れになった。

 再開したときに、千佳は私の事を忘れていた、そのはずなのに。

「私の事、思い出したんですか?」

 私達は名前を使う事を禁止されていたから、暗闇でわずかに見えるお互いの顔と性格、そして能力だけが手がかりになる。

 千佳が私に気が付かないのも仕方ないと思っていたのに。

「あん?言ってなかったっけ。

 鼻から忘れちゃいなかったんだけどよ、あんなに泣き虫だったお前が、いかにもクールで出来る女になってるから、同一人物だとは思わなかったんだよ。

 な~んか距離あるし」

「それは……」

 あんたがご主人様とべたべたしてるのに嫉妬してたんだよ、とは言えない。

 嬉しいやら、怒りたいやら。

「ずっと、千佳がわたしのことを忘れているのかと思って寂しかったです」

「そりゃ、悪かったな。

 私は逆に、美々が私の事を忘れてるのかと思ってたぐらいだ」

「私は、千佳のことを追いかけてここまで来たのに」

「そうかよ。

 ……なんだって?」

 千佳が驚いたようにこちらを振り返る。

 私は強引に千佳の唇を奪った。

「おっ、お前……!」

 目を白黒させる千佳に、私は流し目で笑みを浮かべる。

 ロリコンだろうが何だろうが知ったこっちゃない。

 むしろ、これは千佳のためなのだ。幼女はいずれ大人になるのだから。私がこの身をもって、千佳を真っ当な道に更生させてやるのだ。

「あなたの事を愛している女がいるってことを、忘れないでくださいね」

 千佳は顔を赤らめ、私を拒絶しなかった。

 私は余裕たっぷりに部屋を出ると、空間収納で連続転移、自分の部屋に僅か10秒で逃げ込む。

「ぐおおおおおおおぉ!やってしまいましたぁ……!」

 余裕ある大人のムーヴは、私には難しかったようだ。

 世界の不穏は一先ず置いて、私は自分のこれからに頭を悩ませるのであった。

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