第3章:探偵は幼女がお好き
第一話
私の名前は赤坂千佳、好きっていったいなんだろう。
最近の私は長らく頭を悩ませている。
私が美々との過去に気がついていると判明してから、あいつは積極的に私にアタックしてくるようになった。
頻繁に抱き着いてきたり、胸押し当ててきたり……女の私だって、あそこまで露骨に好意をぶつけられるとくらくら来てしまうわけで。
そんで、人目を盗んで「好きです」だなんて囁いてくるもんだから、私はずっとのぼせたような状態になっている。
しかもタイミングの悪いことに、魁璃はここんところずっと機嫌が悪い。
特に美々と話していたあとは強烈で、特に私が失敗していなくても「お仕置き」を始めたりする。
ご褒美だから良いんだけど、やっぱりあいつの機嫌が悪いと気になって快楽にも乗り切れない。
あいつ、なんで怒ってんだろ。
「おはようございます、千佳。
今日も可愛いですね」
「……だから、それやめろって」
背後から抱き着き、耳元で囁く美々を引き剥がす。
顔が熱いのは気の所為じゃない。
美々には人を誑かすポイントが分かっているらしいのが厄介だ。
「第一、私は魁璃が好きなの。
向こうがどう思っているのかは置いといてさ」
私の言葉に、美々は首を傾げた。
「でも、魁璃はいつか大人になりますよ。
千佳がロリコンである限り、永遠に愛し合う事は出来ません」
「うぐっ……」
美々は時々、私の価値観を試すようなことを言ってくる。
「それに、魁璃はまだ幼いでしょう。
千佳は魁璃が戦いしか知らない事を良い事に、自分の都合よく愛しているのではありませんか?」
「そこまで言わなくったって、いいじゃんか」
胸の内に苦みが広がる。
美々が言っている事はまったく正しいことで、私の性がどれだけ踏み外しているものかを突きつけてくる。
しょげてしまった私に、美々は苦笑いを浮かべた。
「言い過ぎてしまいましたね、ごめんなさい。
ただ、もう少し自分の事を振り返って、近くにいる健気な女の子の事を振り返って欲しいだけなんです」
頬にキスすると、美々は空間収納で転移して去っていった。
「ちゃんと、考えないとな」
美々のことも、魁璃の事も好きだから。
だからこそ、答えを出そう。
私は一人心に誓った。
鎌倉時代から続く由緒正しき名家、加賀家の現当主が私、加賀魁璃です。
最近私を悩ませているのは、私の想い人兼飼い犬が他の女に尻尾を振っている事と、前回の事件で回収した薬物の効能についてです。
解析が進むにつれて、薬物が有害な物であることが分かったのです。
この薬物は脳を蝕み、強烈な負荷をかけます。大抵の場合、接種した人間は死亡するでしょう。
先の事件で回収した空気操作能力者の死体から残留思念を読み取った私は、彼の思念から関係者を追いました。
必要な情報のみが伝達されていたため、有益な情報にまとめ上げるには何十もの関係者を確保する必要がありましたが、千佳とくるみさん率いるメイド達はよく働いてくれました。
ようやく、我々は敵の拠点を掴んだのです。
痛ましい事件が引き起こされたのは、その矢先でした。
「……酷いですね」
緊急会議の中、私はモニターに浮かぶ凄惨な状況から目を逸らしそうになりました。
通路には転々と死体が寝転がり、島から脱出しようとしたのか、港には小高い死体の山が積み上がっていました。
とある小さな島に、昨日の午後3時頃、突如として飛来した航空機から白い粉のようなものが降り注いだというのです。
その粉に触れた村人達は苦しみ出し、9割が脳の負荷で死亡、1割は非超能力者であったにも関わらず超能力を身に着けて居ました。
あの薬物は、誰しもが超能力者になれる夢の薬などではなく、脳に過剰な負荷をかけて生き延びた者のみを進化させる薬だったという訳です。
「私が子供の頃に、透過能力者がいたよ。
べらぼうに強くて、どうしても仲間を助けられなかった。
もしこの飛行機の能力者と戦うなら私か美々を寄こして欲しい、初見だとまず勝てない」
モニターを眺め、考え込んでいた千佳が警戒の滲んだ声で言いました。
突如島に飛来した飛行機は、当然航空管制に許可を得ていなかった機体だったそうです。
自衛隊が出動し、警告に応じなかった為に戦闘機が発砲したものの、その弾丸は航空機をすり抜けた、という記録から透過能力者が搭乗していることが予想されていました。
「……奴らの関係者から集めた情報によれば、この薬物を日本中にばら撒き、超能力者だけが住む日本を作る『失われた子供達』計画が進んでいるとの事です。
今回の事件は恐らくデモンストレーションでしょう。奴らの計画が発動してしまったら、多くの人が死に絶えます。
これより、我ら加賀家はこの敵を撃滅します。
人の身で有りながら、無辜の命を愚弄した報いを受けさせるのです!」
メイドたちが力強く頷きます。
「今回の作戦は多くの負傷者が出ることでしょう。
当然、こちらも出し惜しみはしません。
くるみさんは解散後、私の武具を用意してください」
私の発言の意図を知っているベテランのメイド達が一斉に私を見つめます。
メイドたちを見渡すと、私は久しく口にしなかった言葉を言い放ちました。
「この戦、私も前線に出ましょう」
駿河くるみです。
久しぶりに魁璃お嬢様の武具を用意した私は、これから起こるであろう激しい戦闘にため息をつきます。
私達が死ぬのは構いません。
能力者と言うだけで孤児になった私たちを守ってくださったのは加賀家の方々ですし、この命は加賀家に捧げたようなものですから。
しかし、お嬢さまはどうでしょう。
御歳12歳のみでありながら幾度となく実践を経験し、戦いしか知らぬ我らが主は、普通を知らずに今日も命を賭けるのですから。
「……ん、少しサイズが大きくなっていませんか?」
「はい、身長が1センチ伸びていらっしゃったので、サイズを変更しておきました。」
「そうですか。
わたしの体も、変わりつつあるのですね」
お嬢様の物憂げな様子の理由は、あの探偵にあるのでしょう。
「あの人と、出会わなければよかったと思う事があります」
「お嬢様……」
「あの人は、きっと幼さを失った私を愛してはくれないでしょうから。
終わりが見えている恋など、辛いじゃないですか」
寂しげに微笑んだお嬢様、何と痛ましい。
私はお嬢様の頬を両手で挟みました。
「はひふるんへふか」
「たとえ千佳があなたを捨てようものなら、私達メイド部隊が彼女を再教育します」
「再教育って洗脳の言い換えですよね?」
「それに」
私はお嬢様のツッコミを無視して、友人でもある千佳に対する本音を伝えます。
「彼女は、お嬢様を傷付けると分かっていながら関わり続けるよりも、目の前から消えることを選ぶような人間だと思いますよ。
ですから、貴女の事を自分の事情以上に愛しているのでしょう」
お嬢様は「分かっています」と呟きます。
お嬢様でも背中を押して欲しくなる時があるのだな、と私は笑顔になってしまいました
「なんですか、その思わせぶりな笑みは」
「なんでもありませんよ。
……美々のアプローチにも揺れているようですし、彼女がいつまでも生きているとは限りません。
思いは、はやく伝えた方がよいと、私は思います」
お嬢様が今回の戦いで死ぬかもしれませんから、とは流石に言えません。
しかし、それが私達の日々です。
「やってみます」
お嬢様は、僅かに決意を見せました。
「これで着付けは完了しました。
よくお似合いです、お嬢様」
ちょうど良いタイミングで、お嬢様の武装が完了します。
明治時代の軍服を模した防弾繊維仕立ての服には、実際に加賀家の先祖が使ってきた衣服の繊維や装飾品が使われています。
極めつけは、鎌倉時代より伝わるという太刀がその腰に刺さっているのでした。
加賀家は代々思念探知の能力者の家系です。
ですから、武具に刻まれた戦闘の記録が多ければ多いほど、彼らは強くなるのです。
「では、行きましょうか」
いつもはおさげの髪を解き、帽子を目深にかぶったお嬢さまはとても凛々しく見えます。
私はこれからのお嬢様の成長を見届けるためにも、今日の奮闘を誓うのでした。
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