第三話

 千佳の立ち去る音が聞こえなくなって、ようやく目の前にいた透過能力者が口を開きました。

「キミ、何?」

「加賀魁璃、加賀家の現当主です」

「そうじゃなくてさぁ!

 キミがチカにとってのなんなのかって聞いてるんだよ!

 何特別な感じだしてるんだよ、なぁ?」

 腹立たし気に、目の前の透過能力者、木村芹奈は私を睨みつけました。

「チカはボクの友達なんだ。

 ボクがどれだけ能力を使っても壊れないのは彼女だけさ……。

 キミの物じゃないんだよチカは、わかるかい?」

「何って、千佳は私の飼い犬です。

 私の物です。

 あなたがクビを挟む余地はありません」

――どうして千佳は妙な女を引き付けるのでしょうか?

 私を除くと変な人にばかり好かれている気がします。

「あっそ、チカには悪いけど頭きちゃった。

 キミのこと壊しちゃうね」

 芹奈の殺意が私に囁きました。彼女が地面を透過します。

 私は跳ねて、壁に太刀を突き刺してぶら下がります。

 芹奈が接近する前に腰からスコーピオン短機関銃を抜き、彼女が潜った位置に弾丸をばら撒きました。

 透過能力とは、能力者が指定した物体が、そのほかの物体をすり抜ける能力です。

 これだけ大規模な能力ですから、能力を使用できる対象は一つなのでしょう。

 慌てて地中から飛び出した芹奈は、自身を透過して弾丸をすり抜けました。

 その体は半透明に透けています。

「キミ、思念探知の能力者か。

 タイミングが合いすぎてる」

「さぁ、どうでしょうね」

 芹奈がこちらに掴みかかってきます。

 私の至近距離で地面に潜った彼女は、私の背後に飛び出して体に手を突っ込んできます。

 体内で腕を実体化し、私の体を貫くつもりでしょう。

 透過能力は、実体化する際に周囲の物質を押しのけて実体化する性質があるのです。

 私は体を捻りながら半透明の腕を体内から外すと、実体化した0.1秒の合間に剣を振り抜きます。

 芹奈の指が宙を舞いました。

「……ボクの、指が」

 呆然と指が吹き飛んだ手を開閉する芹奈は、喜色の表情を浮かべました。

「楽しくなって来たね」

 壁に潜り、不規則に飛び出しては向かいの壁に飛び込む芹奈。

 すれ違いに腕を実体化し、私の体に穴を開けようとしてくる彼女を紙一重で避け続け、返す刀を叩き込んでいきます。

 5号ほど切り合ったでしょうか、私の肩からごっそりと肉が吹き飛びました。

 追撃の二撃目を屈んで避け、頭上を通過した腕を跳ね上げる太刀で切り飛ばします。

 彼女の手が宙を舞いました。

「なんだよ、一瞬しか実体化してないのにどうやって切ってんだよキミは」

「私には、この太刀に乗った祖先代々の技術が乗っていますから」

 思念探知で測れるのは彼女の攻撃タイミングだけですから、その他の全ては技術で補完しなければなりません。

 壁に飛び込んだ芹奈が天井から半身を出し、拳銃を乱射します。

 命中弾を切り落として、壁を蹴った私は宙に飛び上がりました。

 切り落とそうとした芹奈の半身が引っ込み、拳銃が私の剣で両断されます。

 天井から滴る芹奈の半透明の血液が、地面の中に沈み込んでいきました。

「あ~あ、出血が酷いや。

 これじゃ壁に隠れても意味ないなぁ。

 ……でも、キミも大分キツそうだね」

 天井から落ちて来た芹奈が着地します。

 彼女の指摘は事実でした。

 先ほど彼女の手で抉られた肩からは、かなりの血液が流出しています。

「全く、キミには色んな初めてを奪われちゃったなぁ。

 千佳にあげるものとばかり思ってたんだけど。

 でも、キミに会えてよかったよ。こんな気持ちは初めてだ」

「紛らわしい言い方はやめてください。

 気持ち悪いです、馬鹿なんですか?」

「こんなに思いっきり能力を使った事はチカ相手にだってなかったよ。

 キミは最高だ」

 お互いに軽口を叩き合いながら、私達はゆっくりと接近していきます。

 肉薄して、私達は向かい合いました。

 

 芹奈が手刀を振り下ろします。

 それを躱して剣を跳ね上げた私の太刀筋に、芹奈は手首から先がない腕を太刀の中で実体化しました。腕が金属を押しのけて太刀をへし折ります。

 目を見開いた私に、芹奈は止めと言わんばかりに私に抱きついてきます。

 体の中に入り込んだ彼女が実体化した場合、私は破裂して絶命するでしょう。

 

 私は地面を蹴ると彼女の体を自らすり抜け、一瞬遅れて実体化した彼女の首を切り裂きました。


 こちらを振り返った芹奈は愕然とした表情を浮かべています。

 次に同じ回避方法を行えば、体が重なった瞬間に実体化されて死ぬでしょう。

 これが私の最後の手札でした。

 芹奈は首の後ろを残った腕で抑えていましたが、当然出血は止められません。

「ははは、あははははははっ!

 そうか、その手があったか!

 あはははははは!」

 自分の能力が破られたことを嬉しそうに、ほんとうに嬉しそうに笑って、彼女は崩れ落ちました。


 折れた刀身を回収して、私は止血帯で流血を止めます。

 木村芹奈は最後まで一切恐怖を見せませんでした。

 敵から見た千佳もこのように映るのでしょうか。

 私は抑え込んでいた恐怖に身震いした後、私を待っているであろう飼い犬を追って通路を走り出しました。

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