第四話

くるみさんは複数枚の念写を確認した後、私、赤坂千佳に頷いた。

「間違いありません。

 残る敵はあと一人です」

 メイド部隊の面々が汗を拭う。

 私達の背後は通路を埋め尽くさんばかりの死体で溢れている。

 美々が弾薬を供給しなければ、途中で弾切れを起こしていたであろう激戦だった。

 最後の敵が待ち構えているという建物を前に、突入前の装備確認を行っていたメイドたちは、不意に自分の足元が揺れたことに気が付き、顔を上げる。

 建物がその体を地面から引きちぎり、空中へと浮遊し始めていた。

「と、飛んでますぅ……」

「見りゃわかるわよ!ど、どうしよう!?」

 光の妙にのんびりとした驚きに、先輩メイドの弥生がツッコミを入れる。

「千佳!」

 唖然としていた私を、美々の声が現実に呼び戻す。

 私は、美々の伸ばしていた手を掴んだ。

 転移先は今にも飛び立とうとする建物の窓際。私にわずかに遅れて美々が転移してくる。

 私は窓枠を爆破すると、美々を抱きかかえて自分を建物の中に撃ちこんだ。

「いってぇ……」

「何とか間に合いましたねー」

 風が吹き込む壁穴から外を覗くと、すでに地面は遠く離れてしまっている。

「これ、やっぱ超能力で浮いてんのかな」

「にわかには信じがたいですが、電子機器の類は光が止めていますからね」

「ちょっとドキドキするな」

「ゾッとするの間違いですから」

 私と美々は普段と変わらない会話を交わしながら施設を回る。

 少なくない数の部屋を開けて、私達は最後に残った大きな扉を開けた。


 そこは、見覚えのある空間だった。

 子供の頃、私達が殺し合った暗闇の闘技場は、確かこんな形をしていなかっただろうか。

「よりにもよって、あんたかよ」

 私は空を仰いだ。

 そこに一人佇んでいたのは、何の変哲もない中年の男性だった。

 彼の名は飯田賢治。かつての人類進化研究所の従業員にして、研究所内では最も穏健派であったはずの男がそこに立っていた。

「やぁ、久しぶりだね、二人とも」

 昔と変わらず、気の抜けたような笑顔を浮かべる飯田。

「あんたは私達がどれだけ苦しんでたか、分かってると思ってたんだけどな。

 また命を食いつぶすのか」

「違うよ。

 君たちの苦しみを無駄にしない為にも、研究をつづけたんじゃないか。

 この広間は私の過去を戒めるためのものさ。

 ここに来るたび、きみたちの泣き叫ぶ声を思い出すんだ」

 静かな声で飯田は語る。

 そこには嘘偽りのない言葉しかない。

 だから、私達は分かり合うことは無い。

「研究は完成した。君たちの残した膨大なデータが導いてくれたんだ。

 あの薬物は君たちが思っているように、非能力者を能力者に変えることが狙いではないよ。それは全く本質じゃない。

 あれはね、人類を進化させる薬なんだ。

 人類の進化の一つ、能力者があの薬物を摂取するとどうなるか、君たちはここに来てからずっと見ていたはずだよ。

 これで、ようやくこの国は次の段階に進めるんだ」

 つまりは、この建物を能力で飛ばしている人物が目の前にいるという事だ。

 変わらぬ様子の飯田に、苛立ちを隠さず美々が吐き捨てる。

「なんだっていいんですよ。

 そんなことは本質じゃないでしょう。

 あなたはここまで追いつめられて、何故抵抗を続けているんですか」

 舌鋒鋭い美々に、流石の飯田も苦笑いを浮かべた。

「美々君は気が強くなったね……。

 抵抗を続ける理由は簡単だよ、計画はこれから本番だからね。

 この建物にため込んだ薬物を気流に乗せてばら撒く必要があるんだ」

 恐れ入った。

 この男は一人で日本を滅ぼすつもりらしい。

「もういいです。

 あなたと話すことは何一つありません。

 千佳、まだコンビネーションは覚えていますよね?」

「当然!」

 私と美々は指を絡ませ合って手を繋ぐ。

 数年ぶりの美々との戦闘に心が躍る。

 私は美々を引き寄せて、爆破で自分を打ち出した。


 飯田は念動力で巨人の様な力場を作り上げていた。

 彼が振り回す念力の巨大な腕を炎で加速して避けると、私の手を握っていた美々が飯田の背後に私を転移させる。直後に転移してきた美々とまた手を繋ぎ、速度を残したまま背後から飯田を炎で焼く。

 飯田が振り返る時には私達はもういない。

 転移と加速を繰り返し、私達は速度を殺さずに自由自在の高速移動を可能にする。

 これが私達のコンビネーション技。

 美々風に言えば――合体忍法『電光石火』

 飯田が我武者羅に振り回す巨人の腕が床や壁に当たる度に、交通事故の様な衝突音と破壊が巻き起こる。

 巨人の動きは機敏であり、私達の行動速度にも反応できているほどだ。

 この軌道が少しでも緩んだ時、私達二人はあっさりと死ぬだろう。

 人類の進化を語るだけはある異常な出力だった。

「まだ持つか!?」

 私の叫びに美々が答える。

「後10秒です!」

 この技は、加速を担当する私より細やかな調整を必要とする美々の消費が大きい。

 施設を飛行させつつ、これだけの高出力を保つ飯田の息切れは期待しないほうがいいだろう。

「合わせろよ美々っ!」

 私は転移した瞬間に火の属性に接続し、ありったけの火炎を両手に詰め込む。

 直後に転移して来た美々が、飯田の念動力の巨人の背中にクレイモア地雷の雨を降らせる。

 爆風と共に発射された無数の鉄球が、念動力の力場をズタズタに引き裂く。

 脆くなった力場に、私はヘルバーナーをぶっ放した。

 業火が力場を食い破る。

 遂に力場が裂け、驚きに目を丸くした飯田が生身を晒した。

 美々のクーナン.357マグナムが、生身の飯田に向かって火を噴く。

「まだです!」

 仕留めた、そう思った私の手を美々がひったくり転移する。

 転移先で、念動力の巨人が私達のいた位置を叩き割っている様子が目に映る。

 美々の呼吸が荒い。

 その鼻からは脳の負担で鼻血が垂れ始めている。

 飯田は美々の射撃で胸から出血していたが、その血液の量から察するに弾丸は浅い所で止められてしまっているらしい。

 もう一度、あの念動力の力場を食い破らなければならないのに。

 飯田の振り下ろした念動力の手を、私達は何とか加速して切り抜ける。

 ヘルバーナーを放ったことにより、私の火炎操作の出力は目に見えて落ちていた。

「美々、もう一回、頼むっ……!」

 滝の様な汗を速度で置き去りにして、私達は再加速し始めた。

 美々も歯を食いしばり、転移の頻度をさらに上げる。

 飯田の背後に転移した私は、もう一度炎を手のひらにかき集める。

 美々は虚空からRPG-7を二つ取り出し、同時に発射する。

 対戦車ロケット擲弾が削り取った巨人の背中に、私は声にならない叫びを挙げてヘルバーナーをぶっ放す。

 裂けた巨人の背中を狙い、美々はもう一度能力空間からRPG-7を取り出す。

 拳銃とは違い、対戦車兵器であるRPG-7は一瞬で取り出せるサイズではない。

 巨人が振り返り始めた時、私はようやく美々の考えを悟った。

「美々、早く転移しろ!」

 美々は一瞬、優雅に笑った。

 美々は転移せず、ようやく引き抜いたRPG-7を放つ。

 半身になった念動力の巨人が美々の胴体を弾くと同時に、対戦車ロケット擲弾が裂け目より飯田の肉体を吹き飛ばした。

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