第五話

 美々の負傷は酷いものだった。

 折れた肋骨は皮膚を突き破り外に出てしまっている。

「死ぬな、頼む……」

 どうしてよいか分からず項垂れる私の無線機に、突如通信が入った。

 震える手で無線機を取った私の耳に、聞きなれた幼い声が飛ぶ。

『無事ですか!?』

 魁璃の声だった。

 思わず泣きそうになる自分を振るい立たせ、こちらも叫ぶ。

「美々のケガが酷い、早く応急処置しないと死んじまう!」

『建物の窓から美々さんを投げてください!』

「なんだって!?」

『あなた達を迎えに輸送機で追いかけて来たんですよ!

 投げてくれれば弥生さんが念動力で受け止めます!』

 魁璃の言葉を聞いて、弾かれたように美々を抱きかかえると窓際まで走る。

「投げるぞ!」

 美々を窓からそっと落とすと、ある程度落下したところで美々が浮遊する。

 CH-47輸送ヘリが建物の真下から顔を出し、美々はヘリの中に吸い込まれていった。

 輸送ヘリには簡易的な手術設備も用意されている、美々は助かるだろう。

 心労で壁にもたれかかった私を、魁璃の通信機越しの声が休ませてくれない。

『まだです、この施設の地下へ向かってください。

 先ほど私の思念探知で拾った情報によると、飯田は自分の生命活動が止まった際に薬物をミサイルで日本各地にばらまく用意をしているはずです』

「用意周到ってレベルじゃねぇぞ畜生!」

 私は床を爆破して地下を覗く。

 そこには、数十機のミサイルが天に向かって伸びていた。

『制御コンソールを探してください。

 今ならまだ……』

 魁璃の声に、私は思わず笑った。

「らしくないことするじゃねぇか」

 制御コンソールらしきものは地下空間には見当たらない。

 いや、あの飯田が、自分の死後にミサイル発射を止める余地を残すはずがない。

 魁璃はそれを分かっていながら、ミサイルを止める方法があるようなことを言って私をここに連れて来た。

 ミサイルを止めるには、私が自分ごとミサイルを爆破するしかないのに、それを口にすることがどうしても出来なかったから。

「くるみさん!聞こえてるんだろ!

 早くここを離脱してくれ!」

『くるみさん!どうして離れていくんです!

 ……っ、でもっ!』

 駄々をこねようとした魁璃を、くるみさんが何かを言って一喝した。

「じゃ、1分後に爆破するぜ。

 それだけあったら離脱出来るだろ」

 私は床の穴からミサイルを見下ろす。

「うーん、この辺が見やすいかな……」

 爆破のベストポジションを探している私に、無線機からの小さな声が聞こえた。

『ねぇ、千佳。

 私、あなたに大事な話があるって言いましたよね。

 ……ここで、伝えても良いですか』

「駄目だ」

 涙交じりの声を、私は切り捨てる。

 だって、それじゃあまるで私が死ぬみたいじゃないか。

「ここで聞いたら、何が何でも帰ってくる理由がなくなっちまう」

 私の言葉に、魁璃はとうとう泣き出してしまった。

『うっ、ぅわぁぁぁぁぁぁん!

 うぅ、あぁぁぁぁぁあぁぁ!!』

 涙交じりの酷い声で、魁璃は叫ぶ。

『うぅ~っ、ひっぐ……。

 っ、待ってます!ずっと、ずっと待ってますからぁ!うわあぁぁぁぁぁん!』

 私にも限界が来た。

 無線機を切り、深呼吸する。

「クソ、私泣かせてどうすんだよ」

 涙を擦る。

 そして、遂に約束の時間が来る。

 私は後悔や苦悩に追いつかれる前に、全てのミサイルを同時に吹き飛ばした。

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