第六話

 あの事件から4年が経過した。

 私、傾国のアンニュイメイド、古宮美々はセスナ機を飛ばしてとある小島を目指している。

 飯田との戦闘後、目を覚ました私を待っていたのは、赤坂千佳の行方不明という残酷な結果だった。

 数十基のミサイルを爆破した千佳は、ミサイルの爆風で空を飛ぶ研究所ごと自分を吹き飛ばしてしまった。

 海に降り注いだ薬物を回収すると同時に懸命な捜索が行われたものの、千佳は結局見つからずに捜査は打ち切られている。

 なまじ死体が見つかっていないものだから諦めもつかない。

 初めの一年は、見つかるはずのない千佳を意味もなく探す日々に疲れ切っていた。

 だが、二年目に突入したころ、裏社会コミュニティに奇妙な噂が流れ始めた。


 曰く、自称探偵の女に喧嘩の仲裁を頼んだ所、何故か地元のマフィアが壊滅した。

 曰く、マフィアに児童買春の弾として攫われた娘の捜索を探偵の女に頼んだら、何故か次の日には地元警察が壊滅していた。

 などと、「自称探偵の女」による破壊活動の話が聞こえ始めたのである。

 加賀屋敷のメイド全会一致で「これ絶対千佳だ」という結論に至り、私達はその噂を追い始めたのだった。

 ――まさか、そこから二年もかかるとは思ってなかったけど。

 私は地元住民から話を聞いて回り、「自称探偵の女」が「幼女趣味の女」でもあるらしいことを知り、ますます確信を深めていく。

 とある民家にたどり着いた私は、塀越しにその家の様子を覗き込んだ。

「チカ~、お馬さんっ、お馬さんっ!」

「うへへへへへ、お馬さんですよぉ~」

 そこには、幼女を乗せて見るに堪えない顔で四つん這いになっている千佳が居た。

 私はずっこけた。


 夜のダイナーで、私は顔をボコボコに腫らした千佳と一緒に晩飯を食べていた。

「あんなに怒ることないじゃんか」

「4年も連絡すっぽかした馬鹿はどこのどいつでしょうねー」

「それに関しては連絡方法が無かったんだよ。

 加賀屋敷に連絡とるには特殊な携帯じゃないとだめだし」

「それでも、日本に戻らなかった理由にはなりませんよね」

 千佳は上目遣いでこちらを見る。

「……怒らない?」

「ちゃんとした理由があるのなら、怒りません」

 これが惚れた弱みというやつなのだろう。

 どれだけ無碍にされたとて、私は千佳に甘いのだ。

「4年前、美々に言われたことの答え合わせをしてた」

 4年前の私の問い、それは「幼女はいずれ女になる」「千佳は世間を知らない魁璃に都合のいい関係を求めているのではないか」というものだった。

「それで、答えは出たんですか」

 あぁ、駄目だな。

 私、千佳がどんな答えを出しても受け入れるつもりになってしまった。

 だって千佳が好きだから。

 千佳はゆっくりと口を開いて――




 私、加賀魁璃は姿鏡をみてため息をつきました。

 あの戦いから4年、私を酷く悩ませている事実が目の前に広がっています。


 ……身長が、猛烈に伸びてしまいました。


  牛乳を飲む量を減らしたり、乳製品を避けたり、可能な限りの抵抗は行ったのですがまるで無意味。

 千佳が居なくなってから、タガが外れたかのように伸び始めた身長は留まることを知らず、今では172cmに届いています。

 千佳は168cmですから、今では私の方が4cmも高くなってしまいました。

 容姿も幼いとは言えず、大人びたものになってしまっています。

「はぁ……」

 千佳の好みとは正反対もいい所でしょう。

 そして、私を悩ませているもう一つの事実、それは千佳が今日帰ってくるという事です。

 1年目こそ絶望に打ちひしがれていましたが、2年目からは加賀屋敷のメイド達も千佳が生きていることは疑わなくなりました。

 連絡を寄こさなかったことは腹立たしいですが、きっと何か訳があるのでしょう。

「お嬢様、千佳が到着しました」

 くるみさんが私に声を掛けました。

 彼女も遂に30代に突入し、年齢に対する嘆きが増えたような気がします。

「……今日はお腹が痛いので会わないという事にしませんか」

「加賀家当主ともあろうお方が、そのような情けない姿をお見せしてはいけません」

 くるみさんに背中を押されて、私は応接間まで渋々向かいます。

 扉を開けると、そこには4年前とまるで変わらない千佳が座っていました。

 今まで蓋をしていた思いがあふれ出して止められません。

 気が付けば、私は千佳の胸の中に飛び込んでいました。

「大きくなったな、魁璃」

「そうですよっ!もうあなたの好きな加賀魁璃はいないんです!

 どうしてもっと早く帰って来てくれなかったんですか!」

「そりゃ、魁璃が大きくなるのを待ってたから」

 私は驚いて顔を上げました。

「私が、魁璃が大きくなって好きで居られないようなら。

 もう二度とここには来ないつもりだった」

「なんですか、それは。

 勝手です、みんな心配したんですよ……」

「魁璃だって、色んなものを見る時間が必要だと思った」

 あまりにも不器用で、一方的な千佳の行動。

「勝手な事ばかり言わないでください!

 私がいつそんなことを頼んだって言うんですか!」

 私は千佳の肩を掴みました。

 あんなにも大きく感じていた千佳は、少し下の目線を私に向けてきます。

「そうだな、全部私の事情だ。

 魁璃と距離を置いて、お互いに対する気持ちをはっきりとさせて……。

 そのうえで、魁璃との関係に決着を付けたかった」

 決着という言葉に心が締め付けられました。

 千佳は私を真正面から見据えます。

 それが彼女のやり方であることを、私は今更思い出しました。

「私は魁璃の事が好きだ。

 この4年間、片時もお前のことを忘れたことは無かった。

 この世の中で誰よりも、魁璃の事を愛してる」

 世界から、私と千佳以外が消え去りました。

 無限にも思える時を引き戻したのは、千佳の瞳に浮かぶ涙でした。

「千佳?」

「返事はいらないぜ。

 4年も待たせて、本当に悪かった

 ……こうでもしないと、友達に戻れなかったんだ」


 まさか。

 まさかこの人はこの期に及んで。


「わり、今日はもう」

 立ち去ろうとした千佳の手を取り、壁に体を押し付けます。

 驚く千佳の顎を引き上げて、私は千佳の唇を奪いました。

「かっ、魁璃!?何してんだよ!」

「私があなたの事を恋愛対象として見ていないだなんて、いつ言いましたか?」

「なに!?

 だ、だって魁璃は私のプロポーズを断ったじゃないか!」

 あぁ、やっぱり。

 この人は本当に不器用です。

 きっと恋の駆け引きなんて言葉は、この人の辞書にはないのでしょう。

「あれは、照れ隠しです」

 そういってまた、私は千佳の唇を塞ぎます。

 千佳の手から、どんどん力が抜けていきました。

「そんなのありかよぉ……」

「四年前、私はあなたに大事な話があると言いましたね。

 今ここで聞いてください」

 混乱の頂点にいる様子の千佳に、私は止めを刺しました。

「あなたの事を愛しています。

 お付き合いして頂けますか?」

「当たり前だ、馬鹿っ」

 今度のキスは、千佳からでした。

 私達は照れくささに笑って、少し距離を離します。

「……しかし、千佳は幼女にしか欲情しないものだと思っていました。

 結局千佳は、幼女が好きなのではなく、私だから好きだったんですね」

 私はかねてよりの疑問を尋ねてみます。

 それに対する返答は、信じられないものでした。

「あぁ、それは違う。

 私はやっぱり幼女が好きみたいだ。

 この4年で色んな子と知り合ったけど、やっぱりキュンキュンしたなぁ」

 はい?

 なんですかそれは、浮気ですか。

「でも、それを魁璃への思いが上回ったんだからやっぱり愛なんだって……。

 あれ、魁璃?聞いてる?」

 千佳が何か言っているようですが、頭に入って来ません。

 こ、こんんっの駄犬は本当に……!

 私は千佳を抱きかかえるとソファーに投げ捨てました。

「千佳、さっそく初夜を始めましょう。

 勿論プレイはSMです」

「まだ夜じゃないのに!?

 待てって魁璃、何怒ってんだよ!」

「そこは嘘でもいいから『お前だから好きだったんだ』って言うべきでしょうがぁあああああああああああああああ!!」

「んほおおおおおおおおおおおお!?」

「いい年してドMでロリコンだなんて恥ずかしくないんですか!

 変態!この変態!」

「んぎぃぃぃ!?」

「もう一生逃がしませんからね!

 こら、なに興奮してるんですか!これはおしおきなんですよ!」



 いい雰囲気から一転していつもの夫婦漫才に移った二人に、ドアの隙間から覗き見ていたメイド達は呆れた様子で肩を竦める。

 何はともあれ、不器用な二人はようやく結ばれたのであった。

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