第七話
「加賀千佳って語呂悪いですよね」
「……あなた、相当酔っぱらってるでしょう」
私は傷心中の負け犬メイド、古宮美々。
海外まで千佳を迎えに行ったのに盛大に降られた私を見かねて、メイド長が私を飲みに誘ったのが3時間前のことだった。
そこから酒を浴びるように流し込んでも、失恋の痛みはまだ晴れそうにない。
「メイド長、信じられますかぁー?
ずっと千佳の事好きだったのに『美々の気持ちは嬉しいけど、やっぱり魁璃の事が好きだ』ってあっさり私の事振った後で『早く日本に帰ろうぜ!』とか抜かしたんですよ!」
「外でメイド長はやめなさいと言っているでしょう。
……千佳なら言うでしょうねぇ。
本人としてもこれ以上待つのは限界だったでしょうし」
「くるみさん、良いんですか。
由緒正しき加賀家の血筋にあんな変人が紛れ込んでも」
「良いじゃないですか。
むしろこれだけの時間お互いを思い続けていたんですから、メイドとしては彼女以上の相手はいないと思っているぐらいです」
「チカ×ミミ派はいないんですか」
「あなただけに決まってるでしょう」
私はカウンターにおでこを押し付けた。
ひやりとした感覚が気持ちいい。
「美々さんにはまだ時間があるんですから。
ゆっくり傷を治して、次の恋に向かえばいいんですよ」
くるみさんは、どこか自嘲気味にそういった。
この四年間で最も忙しかったのはくるみさんかもしれない。
くるみさんはとある事件で知り合った男と2年ほど付き合い、去年振られたばかりなのだ。
「私なんて、振られた理由が『結婚する姿を想像できない』からですし。
この年になると、お付き合いも結婚を意識しないといけないだなんて知りませんでした。
私はただ、一緒に居たかっただけなのに」
くるみさんはウイスキーのワンショットを一気に飲み干した。
加賀屋敷のメイド達は、他の職業とは違いプライベートの時間は限られている。
その仕事ぶりは世界の危機に直結するのだから。
交際中も変わらず仕事に励むくるみさんを見て、気を揉んだご主人様が引退を提案したものの、くるみさんに拒否されてしまっていた。
そして案の定、振られてしまったのだ。
「あんな男にくるみさんはもったいないです。
くるみさんがどれだけいい女か分かってないんですよ」
「でも、好きだったから」
……本当に健気で、可愛い人だ。
「女の子に興味はないんですか?
くるみさんのことを慕っているメイドの子、沢山いますよ」
「お嬢様と千佳を見ていると想像したりもしますけど。
やっぱり、同僚相手は付き合いが長すぎて妹とか娘って意識になってしまいますから」
ふと、疑問が頭をもたげだ。
「じゃあ、私はどうですか?」
いけない。
今の私は傷付いて、その傷を舐めてくれる人を探しているだけだ。
今も立ち直れていないくるみさんに言うべきことじゃなかったのに。
「そうね、あなたがしっかり立ち直って、それでも今みたいなことを言えるのなら」
くるみさんは穏やかに微笑んだ。
「あなたに貰ってもらうかな」
思わず、きゅんと来てしまった。
赤い顔を下に向ける。
「誰か!警察を呼んでくれ!」
流れ始めた怪しい空気を、バーに怒鳴り込んだ男の声が断ち切った。
「どうしました?」
くるみさんの表情が一瞬で引き締まり、男の元まで走る。
男は私達のメイド服にギョッとしていたが、すぐに気を取り直して話始めた。
「強盗だ!
私の店の金を持って逃げていきやがった!
携帯電話も奪われてしまって……」
おろおろとする男をなだめるくるみさんの横で、私は店の外に出ると能力空間からバイクを引き出した。
くるみさんがすぐに店外に飛び出して、私のバイクに飛び乗る。
「念写の内容からすると、国道3号線を犯人は逃走しているようです。
警察には連絡しましたけど……どうします?」
「分かってるんでしょう?」
「うふふ、激しい夜になりそうですね」
くるみさんを後ろに載せて、バイクを発進する。
夜風が酒で火照った体を冷やしていく。
くるみさんとのことも、千佳との関係も、沢山悩んで答えを出していこう。
なんせ夜は長いのだから。
「しっかりつかまっていてくださいよ!」
私は色んなものを振り切るように、バイクを全力でかっ飛ばした。
探偵は幼女がお好き 渡貫 真琴 @watanuki123
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