第2話『責任取ってよ』

 翌日。

 俺は大学の食堂で昨夜の出来事を思い返していた。


「結局なんだったんだ?アイツは…」


“またね”

 そう言い残して消えた緋織さんの顔が妙に頭に焼き付いていた。

 彼女は何で自殺未遂なんてしたんだろう…


「よっ!何悩んでんだよ」

陽平ようへいか。別に悩んでねーよ」


 話しかけてきたのは相楽さがら 陽平ようへい。俺と同じ大学に通う友人だ。

 コイツとは中学生の頃からの付き合いだ。腐れ縁もここまで続くと誇らしいものだ。


「悩んでただろ〜?ろくに飯にても付けないでさ」

「俺は少し冷めてるくらいが好きなんだよ」

「うっわ趣味悪!」


 相変わらず失礼な奴だな…別に冷えてたって美味いものは美味いだろうが。

 陽平は持っていたハンバーガーを頬張りながら、俺の向かい側の席に座った。


「…当ててやろうか?女絡みだろ。それも恋愛関係じゃないヤツで」

「正解だ。お前の勘の良さが時々怖くなるよ」

「にゃはは!何年つるんでると思ってんだよ!」


 バレてしまったのなら仕方ない。俺は昨日の夜に遭遇した出来事を陽平に話した。

 妄想だと笑われると思っていたが、意外にも陽平は一切茶化さずに最後まで話を聞いていた。


「なるほどな…それでその…緋織だったか?の連絡先は貰ってないんだろ?」

「あぁ。名前を聞いて終わりだ」

「だとしたら気にする必要も無いと思うぞ」

「そうだといいんだがな…」


 所詮は偶然の出会いだ。二度と会うことは無い。

 そのはずなのに、何故か俺の胸中では妙な予感が止まらなかった。


「ま、何かあったら酒の席で話すさ」

「そうしろそうしろ!んじゃ、俺は午後も講義があるんで先に失礼するぜ〜」


 そう言って陽平は残っていたハンバーガーを平らげ、ついでに俺の食べかけの唐揚げを摘んで行った。

 俺も残りのご飯を平らげてから食堂を後にした。

 今日はバイトも午後の講義もない。帰って遊ぶかと考えていた時だった。


「や、久しぶり」

「……嘘だろ」


 校門前に立っていた緋織さんを見て、俺は急速に血の気が引いていくのを感じた。

 何でここが分かった…俺は名前しか言ってないはずだろ!?


「何でここに…」

「あれ?気付いてなかったの?昨日からずっとキミの後をつけてたのに」

「はぁ!?」

「ずぅーっと見てたよ。自転車押して家に帰ったところも、欠伸しながら家を出たのも全部ね」


 そんなはずは無い。だって昨日は俺が気付いた時には、もう緋織さんは居なかったはず。

 それなのに否定しようの無い言動が、俺の恐怖を加速させた。


「…何がしたいんだよ」

「そんなに怖い顔しないで。ボクはキミにを取って欲しいだけ」

「責任だと?」

「そ、ボクを生かした責任を…ね」


 確かに俺は彼女の自殺を止めた。

 だけどそれが何でストーカー行為に繋がるんだよ!


「キミが生きて欲しいって思ったから助けたんでしょ?なら最後まで責任取ってボクを生かしてよ」

「ふざけんな!俺はただ目の前で死んで欲しくなかっただけだ!」

「ふーん…断るんだ…良いよ、それでも」


 意外にもあっさりと緋織さんは引き下がった。

 困惑していた俺だったが、その言葉を聞いて少しだけ平静を取り戻した。

 しかしその認識は誤りだった。


「じゃあキミの目の前でまた死ぬから」

「はぁ!?」

「ちゃんと見ててね?ボクが死ぬところ」


 緋織さんは、道路へと飛び出そうとした。

 俺は咄嗟に彼女の腕を掴んでしまった。


「ふふっ…また助けたね」

「アンタ何考えてんだよ!俺が掴まなかったら──」

「多分死んでたね。どう?少しはボクのこと理解してくれた?」


 やっと分かった。コイツは本気だ。

 本気で死ぬつもりだったんだ。昨日の夜も、今も、誰かに助けてもらおうなんて微塵も考えてないんだ。


「…俺に何をさせるつもりだ」

「言ったでしょ?って」


 緋織さんはニヤリと笑いながら、俺を引き寄せた。

 獲物を狙う蛇のような視線。その鋭い目から、俺は顔を逸らせなかった。


「改めてじっくり話そうよ。ボクとキミのこれからについて」

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