第7話『2人の夜が明けて』

 瞼に突き刺さる光で、俺は目を覚ました。

 いつの間にか外は明るくなっており、朝日が窓から入り込んできている。


「…ぅん…寝てた…」


 ふと視線を横にズラしてみると、寝る直前まで居たはずの緋織が居ない。

 寝ぼけ眼で緋織を探すと、彼女がキッチンの方から顔を出した。


「おはよ。昨日はぐっすりだったね」


 緋織はスパッツとTシャツだけ身にまとったラフな格好で、髪は少し濡れている。

 朝からシャワーでも浴びていたのだろうか。


「随分と刺激的な格好だな」

「こういうのは嫌いだった?」


 正直に言うと…かなり好きだ。

 シャツの隙間からチラチラと覗ていくる白い肌が、妙に煽情的な味を醸し出している。

 ただそれを口に出すのは何となくはばかられる。


「ま、いいや。キミの反応を見れば分かるし」


 そう言って緋織はニヤリと笑った。

 どうやら俺は自分が思っている以上に顔に出ていたらしい。


「朝ご飯用意したんだ。一緒に食べよ?」


 緋織が机の上に2人分のトーストとコーヒーを置いてくる。

 俺が返事をする前に緋織が隣に座ってくる。


「まだ俺は食べるなんて言ってないぞ」

「キミなら断らないと思ったんだけど…違う?」

「…正解ってことにしといてやる」


 自分でも意外なことに、俺は緋織と朝飯を食べることを了承した。

 俺の反応に驚いていたのは、緋織も同じようだ。彼女は目を丸くして俺の方を見ていた。


「えっホントに?」

「お前が誘ったんだろ!ほら、さっさと寄越せ」

「あっ、うん…」

「「いただきます」」


 2人分の合掌が室内に響く。

 俺達は同時にトーストにかじりついた。

 カリッと焼けた表面にはバターが薄く塗られており、絶妙な甘さが口の中に広がる。


「ふふっ、不思議だね…」

「何がだよ」

「いつものトーストなのに…キミと一緒だと凄く美味しく感じるんだ」

「…珍しく意見が合うな」


 ただのトーストとコーヒーだ。何も珍しいものじゃない。それなのに妙に美味しく感じるのは、隣に緋織が居るからだろうか。


「今日はどこか遊びに行かない?」

「良いぞ、どこへ行く?」

「なんか今日の弥人、ノリいいね」


 何故か俺の中ので緋織への警戒心が弱まっている。

 理由についていくつか心当たりがあるが、恐らく最も大きな要因は昨日の夜だろう。

 眠りに落ちる寸前の緋織の顔。不安げな表情が脳裏に焼き付いていた。


「知れば少しは変わると思ってな」


 今の状況は全て俺の行動の結果だ。

 緋織の言う通り、彼女を助けた責任を果たさなければいけないのかもしれない。それを確かめるためにも、まずは緋織の事を知らなくては。


「一旦家に帰って着替えさせてくれ」

「…そのまま逃げたりしないよね?」

「逃げねぇわ!……ご馳走様。また後でな」

「うん、またね」


 残っていたトーストを平らげ、俺は家を出た。

 昨日の夜から今朝にかけて、緋織の表情が少し柔らかくなった気がする。

 元より可愛い顔をしているのだから、もっと笑えばいいのに。


「さてと…家は確か…」

「君、今その家から出てきたのか?」

「はい?」


 俺に話しかけてきたのは、細身な女性だった。

 やや青みがかった長い髪に鋭い目付き。少し怖いが間違いなく美人と分類されるような人だ。


「えーっと…どちら様?」

「質問してるのは私だ。君はその家から出てきた。違うか?」

「いや…あってるけど…」

「なら次の質問だ……緋織とどんな関係だ」

「っ!」


 女性の言葉に息を飲む。

 突然降って来た新たな出会いが、波乱の予感を匂わせていた。

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