第15話『初めての夜…!?』

 互いの弁当を分け合ったり、居眠りしながら電車に揺られること約3時間。俺達は目的地となる温泉旅館に辿り着いた。


「とうちゃーく!」

「ここか。趣があって良いじゃねぇか」


 宿泊先となる大きな木造の旅館が俺達を出迎える。

 厳かな雰囲気を醸し出す入口を超えると、中は暖かなイメージを抱かせる内装となっていた。


「いらっしゃいませ」

「2人で予約してる詩白木です」

「お待ちしておりました。お部屋は2階奥となります。大浴場は午後8時までの営業となっておりますので、利用される際はご注意を」

「分かりました、ありがとうございます」


 受付の人から鍵を受け取り、俺達は宿泊する部屋へと移動しようとした。


「あ、奥様!ハンカチを落としてますよ」

「ん?奥様ってボクのこと?」

「えぇ。綺麗なハンカチを落としておりますよ」

「わーありがと!」


 受付の人からハンカチを受け取った緋織は、嬉しそうにハンカチを胸に抱いた。

 多分今の〈ありがとう〉はハンカチを拾ってもらった事だけへの礼じゃ無いんだろうな。


「えっへへ〜♪ボクが奥様かぁ〜♪」

「そんなに嬉しかったか?」

「もちろん!」

「…そんなに喜ばれるとこっちが恥ずかしいな…」


 素っ気ない態度を取りながらも、俺も内心喜んでいた。と言うのも、緋織はかなりの美人だ。

 俺みたいなのが隣に居ても、荷物持ちにしか思われないんじゃないかと心配していたからだ。


「ねぇ弥人…大浴場に行くのは明日にしない?」

「良いのか?せっかくの大浴場なのに」

「うん…」


 さっきまでの元気な様子とは打って変わり、緋織は妙にしおらしい表情を見せた。

 確かに宿泊する部屋にも風呂はあるが、どうせなら大浴場の方が良いんじゃないか?


「その…色々あるから…ね?」

「ん?まぁお前がそれでいいなら構わんが…」


 微妙な雰囲気のまま、俺達は宿泊する部屋へとやって来た。

 室内は昔ながらの内装が徹底されており、壁や障子もまさにイメージ通りのといった体だ。


「室内もなかなか良いじゃ…ない、か…」

「……………」


 部屋の中央に視線を向けた瞬間、俺はなぜ緋織がずっとしおらしくなったのか、なぜ大浴場ではなく室内風呂を選んだのか、その理由を全て理解した。


 部屋の中央には枕が2つ並んだ大きな布団が1枚、意味深に用意されていた。


「すぅーっ…」

「弥人…ボクその…頑張るからね!」

「ちょっと待てや!!」


 急展開すぎないか!?旅館に到着してからまだ1時間も経ってないぞ!?

 いや確かに俺と緋織は付き合っているんだが…そう言うのは早くないか!?


「一旦落ち着け緋織!こういうのはもっと時間を重ねてからだな!」

「…弥人」

「うっ!…な、なんだよ…」

「……ボクは覚悟できてるよ」


 やや赤らみつつも決意の籠った表情の緋織。

 その熱っぽい視線に射抜かれた俺の鼓動は、過去最高速度に到達しようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る