第3話『お互いのこと』

 緋織さんに連れられて、俺は大学近くのカフェへとやって来た。

 窓際の席で向かい合って座る俺と緋織さん。のんびりとした空気が漂う店内で、俺だけが緊張していた。


「…で、責任ってなんだよ」

「キミがボクを生かしたことへの責任、だよ」

「意味わかんねぇ…なんで俺の責任になるんだよ」

「だってボクは死にたかったのにキミが助けたんだよ?なら責任取ってちゃんと助けてくれないと」


 馬鹿馬鹿しい、付き合ってられるか。

 そう言って帰りたかったが生憎そうもいかない。

 何せコイツは俺が責任とやらを取らないと、また自殺しかねないからだ。


「具体的にどうすりゃいいんだ」

「そうだねぇ…あ、キミ彼女は?」

「は?」

「彼女いるの?」


 急に何を言い出すんだコイツは?

 彼女なんて今まで1度だって居たことが無いが、それとコイツの言う責任に何の関係がある?


「…居ねぇよ」

「じゃあ良かった。ボクの彼氏になってよ」

「はぁ!?」


 俺の叫び声が店内に響き渡る。

 店員の驚いたような顔が視界に入り、俺は慌てて声を小さくした。


「お前!…いきなり何を言ってんだよ」

「ボク寂しがり屋なんだよね」

「それとこれと何の関係が…」

「寂しいと死にたくなるんだよね」

「っ!」


 緋織さんの目を見て、俺は一瞬怯んだ。

 口元は笑っているのに目だけは笑っていない。底冷えな本心が見え隠れしていた。


「でも人間関係って面倒くさくてさ。都合よくボクを甘やかしてくれる彼氏クンが欲しいんだ」

「それがお前の言うってヤツかよ」

「そうだよ。キミがボクの生きる理由…好きな人になってよ」


 どうやら俺は厄介な奴を助けてしまったらしい。

 引き下がる気は一切無いのが、緋織さんの表情を見ていればよく分かる。


「理屈は理解したが…そもそも俺はアンタのことを何も知らん。それで彼氏が務まるとは思えんがな」

「それは大丈夫。これから知っていけばいいよ。あ、コーヒーのおかわりください」


 話は終始緋織さんのペースで進んでいく。


「改めて自己紹介しよっか。ボクは樹牙きが 緋織ひおり。年齢は25歳。性別な女の子だよ。あ、ボクを呼ぶ時は必ず呼び捨てね」

「25って…アンタ俺より年上だったのか」

「そういう弥人やひとは19歳だよね?」

「…なんで知ってんだよ…」


 昨日からストーキングされていたせいか、緋織さん─いや、緋織は俺の事をほとんど把握していた。

 家の場所や通う大学はもちろん、年齢や交友関係まで既に知られていた。


「別に悪用する気は無いから安心して」

「それはそれで怖いんだが…」

「弥人は怖がりなんだね」

「そりゃ自殺未遂を助けたらストーキングされて彼氏にされたとか怖いだろ!」

「ふふっ、それはそうだね」


 緋織が笑った。

 今まで見せてきた黒い笑顔じゃなく、純粋に楽しそうに笑った。

 歳の割に堂顔な緋織は、笑うと更に幼く見えた。


「…………」

「どうかした?」

「あ、いや…別に…」


 笑う彼女の顔が綺麗で、俺は言葉を失っていた。

 ストーキングしてくるヤバい女なのに、魅了されかけていた。


「変な弥人君」


 今度はからかうように微笑む緋織。

 こんな笑顔をする人が、何で自殺未遂なんてしたのか…浮かんできた疑問を、俺は胸の中に隠した。

 その闇に触れるには、俺は余りに無知だ。

 それから俺達は日が落ちるまで互いの事を話した。

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