第10話『知りたいことは』

 緋織とのデートから数日後、俺は大学のベンチで電話をかけていた。

 手には『古喜美こきみ 澄香すみか』と書かれた名刺がある。


『…もしもし?』

「どうも、詩白木ししらぎです」

『君か。そろそろ来る頃だと思っていたよ』


 電話の向こうから澄香さんの声が聞こえてくる。


『要件を聞こうか』

「緋織の事で、聞きたいことが山ほどあります」

『そうか…分かった。私の知っていることで良ければ話そう。いつ会える?』

「そっちの都合に合わせますよ」

『なら今夜はどうだい?』

「良いですよ」


 トントン拍子に話が進み、俺は澄香さんと会う約束を取り付けた。

 電話を切り、1度大きく息を吐く。

 やましい事をしているみたいで気が引けるが、これも必要なことだ。


「緋織さんに直接聞く訳にも…行かないしな…」

「何悩んでんだよ相棒!」

「うおっ!…なんだ陽平ようへいか…」

「なんだとは何だなんだとは!」

「訳わかんなくなるから喋んなアホ」


 陽平は俺の隣に座り、持っていた棒アイスを差し出してきた。


「これ安かったから買ってきた!溶けかけだからってんで50%オフだったんだぜ!凄くね!?」

「溶けかけのアイスねぇ…アイスの体を成してない気もするんだが」

「でも美味いことには?」

「「変わりない!」」


 綺麗にハモった瞬間、俺達はハイタッチしていた。

 もう何年もの付き合いになるが、やっぱりコイツとのノリは気楽で良い。


 俺は陽平から貰った棒アイスを1口かじった。

 ラムネ味のアイスは、溶けかけながらも確かな冷気を感じた。口の中に広がる冷たくて甘い味が、俺のIQを下げていく。


「んで、この前の話はどうなったんだよ」

「ん?…あぁ緋織の事か」

「お!もう名前呼びなん?お前も隅に置けねぇな!」

「からかうなよ。明るい話じゃねぇんだからさ」

「そうなのか?てっきり修羅場系の話だと思ってたんだがな…」


 そうだった、陽平には緋織のこと話してなかった。

 全てが片付いてから話そうと思っていたが、今の緋織の様子だとすぐには終わりそうにない。


「無理して聞くつもりは無いけどさ、一応オレはお前の親友だし?相談くらいには乗るぜ」

「…すまん、ちょっと複雑と言うか…話しずらいと言うか…」

「だから!別に今話さなくていいって!悩みすぎて変な気を起こすなよってだけだ」


 陽平はそう言って笑って見せた。

 コイツには多分、俺が緋織のことで落ち込んでいるように見えていたのだろう。

 実際、最近の俺は緋織に引っ張られている気がする。行動が、ではなくて精神がの話だ。


「ありがとな。本当にヤバそうだったら相談するよ」

「おう!…あ、そうだ!お前に渡そうと思ってたもんがあるんだった…えーっと…あったあった」


 陽平がポケットから小さな封筒を渡してくる。

 開けてみると、2枚分のチケットが入っていた。


「これは?」

「福引で当てた温泉旅行券だ。どーせタダで手に入れた物だし、良かったらお前が使ってくれ」

「良いのか?」

「いーっていーって!その代わり今度飯でも奢ってくれよな!」

「現金なヤツめ」

「賢いって言って欲しいな。んじゃ!オレは飲み会行くから、またな!」


 そう言って陽平は走り去って行った。

 タダ手に入れた物を譲って飯を奢らせるとは…物が物だけに釣り合ってそうに見えるのがタチが悪い。強かなヤツだ。


 だけどこれはチャンスかもしれない。旅行ともなれば緋織の事をもっと深く知れるかもしれない。

 俺はぼんやりと旅行の計画を考えながら、澄香さんとの約束の時間までを過ごした。

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