第9話『初めてのデート』
自宅に帰った後、俺は走って緋織の家へと戻った。
澄香さんの言葉も気になるが、それ以上に気がかりだったのは緋織の態度だ。
過去に澄香さんと何かあったのは間違いない。それが今も尾を引いているんだとしたら、今彼女を1人にするのは危険だ。
「チクショウ…変な気を起こすなよ…!」
脳裏に天井からぶら下がる縄がチラつく。
もしアレを緋織が使おうとしたら──
「緋織!!」
俺はドアを豪快に開け、家の中へと踏み込む。
やや薄暗い玄関で、緋織はうずくまっていた。
「弥人…?」
「あぁ俺だ!」
「おかえり…ちゃんと帰ってきてくれたんだね」
緋織がフラフラと立ち上がる。
目元には涙の流れた跡があり、掌には爪が食い込んだ跡が刻まれていた。
「…今日は家で休むか?」
「ううん平気。着替えてくるからちょっと待ってて」
「あ、あぁ…」
玄関で緋織を待つこと約30分。ようやく着替えた彼女が出てきた。
さっきまでのシャツとスパッツだけのラフな格好から、パーカーとミニスカートを装備したカジュアルな服装になっていた。
「どう?似合う?」
「良いんじゃないか?」
「ちゃんと言って欲しいな。可愛い?可愛くない?」
「……可愛いよ」
実際、緋織はかなり可愛い方だ。今の服装だって、緋織のイメージとは綺麗に一致している。
下手に隠すよりも伝えた方が良いと思い、素直に可愛いと口にしたのだが──
「…ふぇ…?」
──緋織は綺麗にフリーズしてしまった。
「お、おーい!緋織さーん?」
「……はっ!だ、大丈夫!平気平気…えへへ」
「そんなに嬉しかったかよ」
緋織が見たことないくらい嬉しそうに笑っている。
どうにも嬉しさを堪えきれず、笑いが込み上げて来ているようだ。
「じゃあ行こっか!初デート!」
「そう言われると何か恥ずかしいな…」
「良いじゃんホントなんだから!ほら、早く早く!」
「はいはい」
はしゃぐ緋織に手を引かれ、俺は家を出た。
こんな事でも喜ぶんだな、緋織って。
緋織がデート先に選んだのは、最寄り駅の近くにある動物園だった。
入場口で2人分の料金を出し、俺達は動物園の中を散策していく。
「見て弥人!レッサーパンダ!可愛いー!」
「ホントだ。いつも思うんだがコイツがパンダを名乗るの詐欺だろ」
「それは言えてる。レッサータヌキとかの方が似てるよね」
俺達は他愛ない会話を交わしながら、動物園の中を歩いていく。
俺はどちらかと言うと、檻の中にいる動物よりも隣ではしゃぐ緋織ばかり見ていた。
「弥人の好きな動物って何?」
「俺の?うーん…俺は……猫とか?」
「あはは!動物園に猫居ないじゃん!」
「そういう意味の質問かよ!ならアライグマかな」
「へぇー可愛いの好きなんだね。なんか意外」
「そういうお前は何が好きなんだよ」
「ボク?ボクは……」
緋織がぼんやりと考えている。
しばらく思案したあと、緋織は俺の方を向きながら答えた。
「ボクは弥人が好きかな」
「俺は動物園には居ねぇよ!」
「そりゃそうだ!でもね…キミは檻の中に居るよ」
「はぁ?俺は自由だっての」
「ううん…キミは…
「っ!」
緋織が手を握って真っ直ぐに俺を見詰めてくる。
笑顔なのに、どこか狂気が見え隠れしている。以前までの俺なら戦いて目を逸らしていただろう。
だが──
「…そうだ、俺はお前の中に居るぞ」
「えっ…」
──俺は逆に緋織の手を握り返した。
緋織が何を抱えているのか、俺は知らない。
それを知りたいし、何とかしたいとも思う。だからこそ逃げるのはもう辞めだ。
「あ、う、うん…そうだね…」
今度は緋織が俺から目を逸らした。
俺はそれ以上踏み込まなかった。
焦る必要は無い、これからゆっくり知っていけばいい。幸いにも彼女には嫌われていないようだし。
初めてのデートは、知らない緋織の一面が知れて結果的にオーライだった。
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