第5話『おいでよ』

 緋織と出会ってから数日後、俺はバイトから帰宅しようとしていた。

 廃棄予定の弁当が入った袋を片手に、勤め先のコンビニを出た時だった。


「こんばんは。いい夜だね」

「また居るのかよ…」


 店の前には緋織が居た。コンビニから出てきた俺を見て嬉しそうに笑っている。

 最近はいつもこうだ。

 俺が大学やバイトに行くと、帰りには必ず緋織が待ち構えていた。


「アンタも相当暇なんだな」

「キミ会うために時間を作ってるんだよ」

「ハイハイそりゃどーも」


 緋織を適当に流しつつ、俺達は帰路についた。


「まだ自転車治らないの?」

「あぁ、ハンドルが歪んでんだと」

「そりゃ大変だ…早く治るといいね」

「誰のせいなんだか…」


 緋織と出会った日に俺が乗っていた自転車。

 彼女を助けるために放り出したのがダメだったらしく、倒れた衝撃でハンドルが歪んでしまったらしい。

 自転車が戻ってくるまでは徒歩での移動を強いられていた。


 緋織と並んで夜の道を歩く。

 俺は帰り道から外れ、別のルートへと入った。


「あれ?こっちの道から帰るんだ」

「…なんとなくな」


 いつもの道で帰ると、緋織と出会ったあの海沿いの道を歩くことになる。

 何となくあそこを緋織と一緒に通るのは、避けておきたい気がした。


「ふーん…じゃあさ、こっち行こうよ」

「は?そっちは俺ん家とは逆方向──」

「いーからほら、行こ」

「あっ、おい!」


 緋織に強引に引っ張られ、俺はさらにいつものルートから外れてしまった。

 彼女は俺を手を握ったまま、どんどん知らない道へと歩いていく。


「…どこへ連れていくつもりだよ」

「それは着いてからのお楽しみ」

「お前なぁ…ストーキングの次は誘拐か?」

「ボクが本気ならもっと早く誘拐してるよ」

「おー怖…やりかねないから嫌なんだよ…」


 自分の命すら捨てようとした奴だ。今更監禁に走ろうが驚くことじゃない。

 緋織に先導されるまま初めて歩く道を進み続ける。

 ふと、握った緋織の手の感触に小さな違和感を覚えた。何か感触に変な感じがするような…


「……?」

「どうしたの?何かあった?」

「…いや、なんでも無い。お前って手小さいんだな」

「おっきい方が好みだった?」

「別に手の大きさに好みとかねぇだろ」


 やはり感触にどこか違和感がある。だが小さすぎる違和感は、慣れと共に感じなくなってしまった。

 何だったんだ?今のは…


「おまたせ、着いたよ」

「…ここは?」

「ボクの家」

「は?」


 連れてこられたのは一軒家。

 玄関周りには雑草が生い茂っており、手入れが行き届いていないことを周知させている。


「お前の家…?ここが?」

「そうだよ。せっかくだから上がっていきなよ」

「待て待て待て!マジか!?」


 色んな意味で本気か!?

 一軒家住みなのにも驚きだし、いきなり家連れて来るのも意味わからんぞ!


「別に良いじゃん。もう子供じゃないんだし」

「それでもだ!いきなり家て…」

キミには知っておいて欲しかったんだ。お茶くらい出すから上がっていきなよ」


 そう言って緋織が家の鍵を開ける。

 ダメだ、今踏み込んだら何をされるか分かったものじゃない。ここは適当な理由をつけて帰ろう──


 その時、俺の視界の端で何かが揺れた。


「あれは…?……っ!!」


 俺の視線の先には、緋織の家の窓があった。

 カーテンの隙間から覗いた室内には、輪っか状になった縄が天井からぶら下がっていた。


「お前…っ!」

「どうしたの?早くおいでよ」

「……分かった」


 アレは間違いなく、首吊り用の縄だ。

 使うつもりだったのか、俺を逃がさない為の罠として置いたのかは定かでは無い。だが見つけてしまった以上、見過ごす訳にはいかない。

 俺は渋々緋織の家へと足を踏み入れた。

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