第13話『2人のこれから』

 時計の針が12時を超えた頃、俺と緋織はソファに座って珈琲を飲んでいた。

 程よい苦味が、興奮していた気持ちを落ち着かせてくれる。


「…あ、改めてなんだけどさ…」

「ん?」

「ボクは…弥人の彼女…って事で良いんだよね…?」

「あー…まぁ、そうだな」


 一緒に生きてくれ、なんて言っておいて違うわけが無い。俺と緋織は正式に付き合うことになった。

 実際それで何かが変わるとは思ってない。彼女の心に残る痛みは、今も消えないままだ。


「そっか…えへへ」


 緋織が嬉しそうにはにかむ。

 この笑顔が見れるようになったと思えば、ひとまずは安心と言ったところか。


「そうだ、せっかく本当に付き合うことになったんだし…この家に住みなよ!」

「それはまだ早い気がする」

「えぇー!いーじゃん!何が嫌?」

「嫌ってわけじゃねぇよ。ただ、そういうのはもっと時間を重ねてからだな」

「むー…弥人のヘタレ」


 何を言うかと思えば、俺がヘタレだと?

 まるで俺が緋織と一緒に暮らし始めてデレデレになってしまうことを恐れているみたいじゃないか。


「良いもんだ!…弥人は死ぬまでボクと一緒に居るんだからね!」

「あぁ…そうだな」


 その約束だけは否定しない。

 俺の覚悟も、緋織の痛みも、今更無かったことになんてさせるものか。


「そうだ、緋織に話そうと思ってたことがあるんだ」

「なになに?」

「えーっと確か…あった、ほらこれ。温泉旅行券。友達がくれたんだ。良かったら一緒に──」

「行く!!」


 緋織が食い気味に反応してくる。余りの反応の速さに、俺は続く言葉を忘れてしまった。


「行く!絶対行く!いつ行く?ってかどこに行くの?どこでもいいよ!あー楽しみ!!」

「お、おう…喜んで貰えたなら良かった」


 こんなに嬉しそうな緋織を見るのは初めてだ。

 いや、嬉しそうな様子だけじゃない。俺が一緒に暮らさないと言った時の顔も、さっきの泣き顔だって初めて見た。

 もしかしたら、元々の緋織は表情豊かな人のかもしれない。


「で、いつ行く?」

「そうだなぁ…とりあえず明日旅館の方に連絡してみるよ。それから日付けを決めようか」

「分かった!じゃあボクはトランプ用意しとくね!」

「俺達は修学旅行にでも行くのか?」


 確かに旅行と言えば…いや、やっぱ2人でトランプはおかしいだろ!

 そんな他愛ない話をしながら、夜はふけていく。

 珈琲を飲んだせいか、不思議と眠気は感じない。


「じゃあ弥人は旅行先で何するの?」

「そりゃあ…散歩とか?」

「うわジジくさ!」

「うるせぇ!静かに観光したって良いだろ!」

「何かおじいさんっぽいよ!嫌いじゃないけどさ!」

「なら尚更良いじゃねぇかよ!」


 それもそうかと緋織が盛大に笑う。そんな彼女につられて俺も笑顔になる。

 こんなに笑ったのは何時ぶりだろうか。

 結局、俺達の笑い声は朝日が昇るまで、途切れること無く続いた…

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