第2話 初めての戦場
「ん⋯⋯朝⋯⋯?」
ミーシャは薄く目を開け、カーテンから微かに漏れる日差しを目で感じると、不思議な音が鳴っていることに気がついた。
⋯⋯足音? 廊下側じゃない⋯⋯窓側⋯⋯でもそっちにはベッド無いから、お父さんとお母さんでもない⋯⋯音もなんか変⋯⋯何だ、この足音。
「おい、この部屋だ」
今の声⋯⋯人!? しかも窓の外から⋯⋯ここ二階なんだけど!?
「⋯⋯っ! 一人起きてますぜ!」
「一旦引くぞ」
会話が丸聞こえだよ悪者さん⋯⋯高級宿屋に泊まってるから全員お金持ちだと踏んで、適当に襲ってお金とか金品を奪うつもりだったのかな?
「お父さんとお母さんは⋯⋯まだ寝てる」
今のうちにお風呂入っちゃおーっと! 昨日は結局ご飯食べた後すぐ寝ちゃったから、この宿屋のこと全然知らないけど、歩いてたら大浴場ぐらい見つかるでしょ!
二人を起こさないようにゆっくり着替えを手に取った私は、さっきの悪者のようにそそくさと部屋を後にした。
「ほらあった」
私って運良い〜! これじゃあ最初から知ってたみたいじゃん! しかも六時から入浴オッケーだって、そして今の時間は六時八分! よし⋯⋯一番風呂だー!
服と下着を雑に脱ぎ捨てカゴに入れ、背中洗いっこする相手もいない優雅な時間で丁寧に肌を清め、私はようやく湯船に浸かった。
「ちょっと綺麗にしすぎたかも⋯⋯いや、いつも綺麗だよね」
なんて、誰も聞こえてないから自惚れを声に出来るけど⋯⋯いつもは恥ずかしくて絶対言えない、だから旅って最高だなっていつも思う。いつも一人の時間がある、自分次第でどんな旅でも歩んでいける。
「やっぱお風呂に入ると色々と考えちゃうなー」
旅のこともだけど、さっきの悪者も気になるし、この宿屋も探検してみたい! ⋯⋯って今日には帰るんだった。王都から領都ルインまでどれぐらい時間かかるかな? いやまずはルイン辺境伯領に入るとこからか、馬車だったらそれほど遠くはないけど⋯⋯絶対飛んだ方が早い⋯⋯お父さん⋯⋯
「今頃、杖の使えないお父さんはぐっすり寝てるだろうなぁ──」
大浴場から出たミーシャは、体を隅々まで拭くことはなく⋯⋯
「『
ちょうどいい温度に調節出来るし、威力も調整出来る。髪を乾かす時はこれ一択よ。これぞ魔法使いの特権って感じ!
「ふぅ」
湯冷めする前に早く服着とこ⋯⋯ってなんか⋯⋯胸大きくなってる? いつもよりちょっと重いかと言われれば重いかも。手のひらが胸で埋め尽くされてる⋯⋯これはまた一つ成長したな。
「まあ、とりあえず部屋戻ろ」
女湯を出た私は高級宿屋特有の豪華な内装に気を取られつつも、軽やかな足取りで部屋へ戻った。
「あらおはよう、お風呂行ってきたの?」
「うん、汚れた服ここに入れとくね」
「あっその袋こっちに持ってきてくれる?」
「分かった」
素早く身支度を済ませた私たちは、美男美女祭りの高級宿屋シトラスを離れ、王都リーシアンから少し離れたルイン辺境伯領の領都ルインにある自宅を目指して、朝一番の馬車に乗っていたんだけど⋯⋯ちょっと困ったことになった。
「お前ら金持ちなんだろ? 死にたくなかったら早く俺らに金を渡した方が身のためだぜ?」
そう、盗賊だ。
「ルナエさん──」
「了解よ」
久しぶりに使うわ、特技『
えぇ⋯⋯お母さん、何してるの? 右手を左目に添えて目を見開いてる⋯⋯てか左目緑に光ってますけど!? 傍から見てもこれは完全に⋯⋯中二病だ⋯⋯
敵は十三人、組織か何かかしら⋯⋯ここら辺もまだまだ物騒ね。
「十三人いるわ、弓持ち五人、剣と盾五人、それと魔法使いが三人ね」
「ありがとうルナエ」
「あんたらなんでそんなに落ち着いてるんだよ!
俺らはここで死ぬかもしれないんだぞ!」
たしかに⋯⋯ありがとう御者さん、お父さんとお母さんが冷静すぎてちょっと落ち着きすぎ──
大きな爆発音とともに馬車が揺れる。馬は暴れだし、盗賊たちの声が微かに聞こえた。
「最後の警告だ。自分の命と金、天秤にかけたらどっちの方が大切だ?」
馬車に魔法撃ちながらって⋯⋯説得力無さすぎ。盗賊は頭が悪くて信頼もない、おまけに働き口もなくて、己の才能を開花させられなかった人間って教えられてきた。だからアイツらの言っていることは信用出来ない。
「とりあえず外に出て応戦するぞ」
「分かった」
「そうね」
そう意気込んで盗賊の前に立ちはだかったのは良かったんだけど⋯⋯
「あ、俺武器持ってきてないや」
「私も家に杖置いてきちゃった」
⋯⋯本当に何をしてるの? うちの親は本当⋯⋯しかも二人して⋯⋯はぁ。
「お母さんの杖持ってきてなくて、お母さんの予備の杖持ってきてどうすんの! ねえお父さん!」
「お母さんのは自分で持ってくるのかと⋯⋯」
「私はそもそも要らないかなって」
夫婦のすれ違い! どうしよ⋯⋯このままじゃお金渡すしかないじゃん!
「いつまで喋ってんだよ!」
そう言い放った一人の盗賊はルナエに距離を詰め──剣を振る。
「お母さ──」
「あっと、危ないわ」
後ろにバックステップ⋯⋯そんな軽快な動き出来たんだお母さん。
「風と自然ならお母さん、杖が無くてもある程度は戦えるわよ」
自然って何⋯⋯魔法学校でも聞いたことないんだけど⋯⋯ってそれより杖! 予備杖をお母さんに渡したら全部丸く収まる!
「お母さん! これ受け取って!」
「あっ予備? ありが──ってえぇ!? なんかミーシャの所へ戻っていっちゃったけど⋯⋯」
「よそ見してんじゃねぇ!」
「お前ら! 今のうちにやっちまえ!」
ええ!? なんで! 手渡しでもダメなの!? 私の手から離れないし、投げたら私の所へ跳ね返ってきちゃうし! なにこれ!
「娘が欲しければ、この私を倒してからにしなさい!」
⋯⋯お母さん楽しそうだからいっか。
「ミーシャ、それ多分お父さんのせいだ」
「え?」
「昨日の夜、ミーシャが寝たあとその予備杖を改造していたんだが⋯⋯それが裏目に出てしまったみたいだ」
そういえばちょっとした細工をするって言ってたような⋯⋯まあこれはしょうがないか⋯⋯
「ということで頑張れ」
「どういうこと?」
「お母さんは杖が無い、お父さんは武器が無い、おまけにミーシャは杖を無くしてる、そして予備杖はミーシャにしか扱えない」
「てことはつまり⋯⋯」
「ミーシャ、デビュー戦だ」
「やっぱり⋯⋯言っとくけど危ない時はお母さんに守ってもらうからね!」
さっきまで私が戦うなんて想像していなかったからか、急激に心拍数が上がっている気がする──
「くっそ! こいつ⋯⋯!」
この女、避けるか受けるかしかしてねぇ!
「その様子じゃ、私の自然魔法を理解出来ていないようね」
「くそが⋯⋯! お前ら、魔法準備!」
「「「はい!」」」
三人の魔法使いの頭上に各々、火、風、雷の魔法陣が浮き上がり、準備が完了する。
「撃て!!」
「だから⋯⋯自然魔法を理解しないと当たらないよ? というかそもそも──」
お母さん急に立ち止まって何して──って相手の魔法が当たってない⋯⋯
「これじゃあ自然魔法も必要なかったようね」
「お前ら! ちゃんと当てろ!!」
「すみません、制御が難しくて⋯⋯」
そういうことか、だから最初の馬車を狙った魔法も馬車じゃなくて地面に当たったんだ。
「お母さん!」
「あらミーシャ、ここは危ないわよ」
「杖持ってないお母さんの方が危ないと思うんだけど⋯⋯」
「てことは一緒に戦ってくれるの?」
「というか⋯⋯お母さんは後ろの方で見てて」
あら⋯⋯これも成長の証かしら、それともカイルベルトの入れ知恵? まあどっちでもいいわ。
「お母さんちゃんと見てるからねー!」
「危ない時は助けてよー!」
震える右手で杖を握りしめ、この高鳴る心臓の音を抑えつける。
よし、それじゃあ頑張りますか⋯⋯。
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