第8話 魔法は自由

「ミーシャ・アングレーと言ったか?」

「あ、はい」


ドルフさん⋯⋯でいいのかな? 苗字知らないし。

とにかく身長のでかいムッキムキな人が私の目の前に威圧感満載で立ってるのはなんで? 「さっきの試合みて俺も戦いたくなった!」とかやめてよ!?


「ほら」


唐突にドルフそう言うと、冒険者カードを持った手をミーシャの方に突き出してきた。


「ん?」

「青の冒険者カードだ、試験合格おめでとう!」


ドルフさんはニカッっと笑い、私は安心した。


「ありがとうございます、これが冒険者カード⋯⋯意外と作りしっかりしてる」


ちなみにこの世界の冒険者はランク付けされていて、一番下から青、黄、赤、紫、黒の順番で振り分けられる。私はさっき試験を合格したばっかりだから青色の冒険者カード、そこから昇格するには特定の条件を満たした上で昇格試験というのを受けて合格しないといけないらしい。


「アングレーさんおめでとうございます!」

「おめでと。私は疲れたからちょっと休憩」


ルルはミーシャやシシリーから離れて酒場エリアに足を運んだ。そこには多くの冒険者で既に賑わっていた。パーティーらしき人たちが一緒に朝食を食べていたり、依頼の貼ってある掲示板へ歩き始めている人、素材の買取で口論を繰り広げている人もいる。



「私に何か用かい? ルル」

「ちょっと頼みたい子がいてさ」


酒場の椅子に座っているそれほど若くもない男性。机には剣と杖をかけ置き、卓上にはコーヒーカップが一つ。


「あの子かい?」


その男性は目線をミーシャの方へ飛ばした途端、ミーシャが手に持っている杖を凝視し始めた。


「どうした?」

「いいや、見間違えだ。それであの子であってるのかい?」


「うん、あの子はミーシャ・アングレー。試験で戦ったから分かる、センスはあるけど知恵は無い魔法使い。あのままにしとくのは勿体ないから頼みに来た」


コーヒーカップを手に取り一口。時刻は現在十時、冒険者ギルドに冒険者が続々と集まり、依頼掲示板付近は人で溢れかえっていた。特に黄や赤の依頼掲示板の前は殺伐としていて依頼の取り合いになっている。


「特徴⋯⋯騒がしいな。とりあえずルルも座ったらどうだ? 飲み物ぐらい奢るよ」


「じゃあ有難く」


私は対面に座り店員さんを呼び寄せ、オランジの果汁と砂糖水を混ぜた飲み物、通称オランジジュースを注文。


「あと、焼き鳥一つ頼もうかな」

「今手持ち無い」

「登録試験で疲れただろう、食べな」

「ありがとう」


朝だからか注文した料理は直ぐに提供された。卓上には焼き鳥の香ばしい香りが広がり、私の食欲がそそられる。


「いただきます」


早速ルルは焼き鳥を口に運び堪能する。焼き鳥は屋台や冒険者ギルドで定番のメニューなので普通に美味しく頂いていたら、その様子を伺いながらも白髭白髪の男性はルルに話しかけてきた。


「それで、ミーシャ・アングレーという子の魔法の特徴は試験で分かったのかい?」


オランジジュースで焼き鳥一色になった口をリセットし、私は多分仏頂面で話し始めた。


「どんな魔法もそこそこ使えるセンスの塊」

「それは凄い」

「小賢しい、工夫が無い、頭が固い、当てにくい、馬鹿みたいな火力、魔力量」


「ちょっとルル、悪口になってるよ」

「ただの嫉妬、あの子は私より強くなる⋯⋯と思う」


「戦っているところを見たことがない私には分からないけど、ルルが言うならそうなんだろう」


そう言った男性は一息つき、さっきよりも真剣な顔つきで再度ルルに話しかける。


「だけどルルもまだまだだな、もう一度修行をつけてやろうか?」

「それは勘弁、というかまだまだって何?」


「ルルや頼まれたあの子、そしてこの世界の魔法が使えるほとんどの人間は魔法を勘違いしている。魔法はもっと自由なんだ」


また言ってるよ⋯⋯飽きるほどこの耳で聞いた、まるで卒業課題がずっと続いてるみたい。


「結局それはなんなの? ずっと言ってるけど」

「そのままの意味だよ、魔法は自由。それだけさ──」


もう五年ぐらいの付き合いだけど未だに何言ってるか分からない時あるの、ほんと底知れない秘密を隠してるみたいで怖い。そしてしれっと焼き鳥とオランジジュースを完食した私は師匠と別れ、シシリーと話をしていたアングレーさんの元へ向かった。


「そういえばアングレーさんは大学へは行かないんですか? 魔法学校を卒業して二年は猶予がありますが⋯⋯」


「大学は私の夢が叶うまで保留かなぁ、特に興味も無いし」


「そうですか、では何か依頼を受けますか?」


露骨に話を変えるアスケルさんが気になりはしたけど気を使ってくれたのか、はたまた冒険者ギルドの規則でいち個人には干渉しないというのがあるのか、とにかく深堀はしないでくれた。


魔法学校に通っていた頃は十二時の魔女を見つけるのが夢と言ったら、教師には呆れられ、クラスメイトには馬鹿にされた。だから結構ありがたい。


「これとかどうだ? ドラゴン討伐」

「ローリエントさんいつの間に?」

「ルルでいいよ、敬語もなくていい」

「分かったよルルちゃん!」

「ちゃんはやめて」


二人が話している隙にひっそりとシシリーはルルの方へ手を伸ばし──


「てい!」


ルルの手に持っていた赤ランク冒険者以上のベゼルドラゴン討伐依頼書を奪い取った。


「ちょっと!」

「アングレーさんにこれは無理です! そもそも推定ランクに達していないので受諾出来ません!」


「ミーシャならいけるよ」

「無理です!」


そんな言い合いを二人は続け、結局は冒険者ギルドの規約であっさりと終わりを遂げた。そして冒険者ギルドでやることも無くなったので、早速御者さんから聞いたフェアリーステイルという、ここから南にある町に行こうと思う。


「それじゃあ私はこれで」

「また来てくださいねー!」

「またな」


杖に乗って飛び立つ私に何故かびっくりしながらも、二人は手を振ってくれている。いい人たちに出会えて良かった。冒険者ギルドって野蛮な人たちが多いイメージだったけど、食わず嫌いは良くないというのは本当だった。⋯⋯いや、朝だったのもあったのかな?




ミーシャが冒険者ギルドを出てフェアリーステイルを目指し飛び立った時、白髭白髪のおじさんは椅子から立ち上がった。剣を腰にかけ、片手には杖を持ち、周囲からの視線を浴びせられながら冒険者ギルドを出ようとしていた。


「さて、追いかけようか。調整は必要かな?」

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