第14話 夜

「お前らどけ! 俺がやる」


 圧倒的存在感⋯⋯恐らくこいつリーダーだ。


「女だからって手加減はしないぞ、俺らの計画に支障を来すものは誰であろうと死んでもらう」


 佩剣はいけんを抜き、空を切り裂きながら構える姿はまさに一流の剣士。


「俺の名はガランだ、お前の名は?」

「私の名前はミーシャ、旅人よ」


 ──その瞬間、激しい攻防が始まった。


 剣と杖が直接ぶつかり合い、力の差でミーシャは押されていた。


「笑うな、ここは戦場だ!」

「そっちこそ何ニヤついてんの? 手加減しないんじゃなかったっけ!?」


 ミーシャは杖を両手で持ち剣を受け止めている。するとこの場にいる全員、杖の中心部分に魔力が集約しているのが目に見えて分かった。


「『風鈴弾ブリーズラプチャー』!」

「うおっ! ⋯⋯勢いすげぇな」


 お互い風に吹き飛ばされ状況は五分に。


 広い空間において杖で飛べる私の方が⋯⋯いやだめだ、それじゃリアラを守れない。この場から離れたらあいつらは確実にリアラを人質に取り、私を脅してくる。そうなったらおしまいだ。


「まあ? 所詮は魔法使いか」

「何が言いたい」


 私は相手から目を離さず睨み続け威圧する。


「近接はからっきし、魔力量や技量も魔女には届かないただの魔法使いってことだ」


「そういうのは勝ってから言いなよ」

「ここで言うから意味があるんだよ、ちょっとは頭使え」


 ⋯⋯攻めてこない。ずっと見てくる、気持ち悪い⋯⋯。


 約二分間もの時間が経ち、痺れを切らし先に動いたのはミーシャだった。


「来なよ、『砂の槍グリトランス』!」

「俺から動く必要は無い」


 槍を切り裂き形は崩れ、ガランの足元には砂が積もる。


「『砂の槍グリトランス』!」

「単調だ」

「『砂の槍グリトランス』!」

「真っ直ぐ撃ってきて何になる」


 あと一発、もう一発撃つ。あいつが動く必要は無いと思っている間に。


「『砂の槍グリトランス』!」


「はあ⋯⋯剣で切れる魔法の硬さ、安直な攻撃、もう少し工夫をだな」


 何が「ちょっとは頭使え」だ、お母さんみたいに思考を読んでから言って欲しいもんだよ。


「『風の檻ブリーゼ』!」

「ただの『風の檻ブリーゼ』⋯⋯じゃない!?」


 檻の中で砂が勢いよく舞っている⋯⋯だが、少し体が痛いだけで目さえ守れれば問題ない。


「手加減しすぎじゃねえか!? 殺す気で来いよ」

「『水幕ウォーターベール』」


 この気配⋯⋯魔法の同時発動。男爵令嬢を『水幕ウォーターベール』で護りながら戦うつもりか⋯⋯。魔法の才能はあるみたいだが、魔力量はどうだ? 狙いに気づかないでくれよ、こっちだって人生懸けてんだ。


「やっぱりミーシャちゃんは優しいですね」

「はいはい、そこで大人しくしてて」


 とは言ったものの、かなり消費が激しい。『風の檻ブリーゼ』は常時発動を解除しないとまずい。


「⋯⋯いい判断だ」

「これで思う存分戦える」


風の檻ブリーゼ』は洞窟内に拡散し、粉末が舞い上がる程度のそよ風が流れた。


「さて、そろそろ攻めるか」


 ガランは構え直し、前とは違う、剣を前に突き出す型をミーシャに見せつける。


「こいガラン!」


「一つ教えてやる、魔力を多く持たない人間の戦いってやつを」


 刹那──ミーシャの脇腹と腕の間に剣が突き刺さった。


「⋯⋯外したか。まあいい、遺言はなんだ?」


 足に魔力を集約させ一気に懐へ入り込んできた!? ⋯⋯それにしても早すぎる⋯⋯。


「油断しすぎ──『風鈴弾ブリーズラプチャー』」


「そんな魔法飛ばされるだ──」


 一度目の『風鈴弾ブリーズラプチャー』とは違い、素早い刃がガランとミーシャを襲う。


 あっぶな⋯⋯騙してたのか。剣で弾けたからいいものの、相手はちゃっかり魔力障壁で守ってやがるし、即興が得意って分かっててやってるな。


「今度は当てるぞ」

「⋯⋯」


 ミーシャはただ一点に集中して、ガランの攻撃を待っていた。いつ、殺し殺されるか分からない恐怖に耐え、杖に魔力を溜め、神経を注ぐ。


「⋯⋯はっ!」


 ここ! 剣先が服に触れるこの瞬間──。


「見切られた⋯⋯!?」


 魔力障壁で剣をそらし、相手のみぞおち目掛けて思いっきり杖で突く!


「近接⋯⋯だと⋯⋯!?」


 対応しバックステップで躱そうとするも突かれてしまい、いくらガランでも腹部を抑えずにはいられない。



「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁーきっつ⋯⋯」


 常時発動してる水幕ウォーターベールが魔力を吸い取ってくる⋯⋯それに体力と経験は圧倒的に相手の方が上かよ! ⋯⋯勝ち筋が見えない。


「まだやれるぞ⋯⋯!」

「待ってたぞ、その時を」

「何が!?」


 半目でガランを睨みつけるミーシャはいつもより荒々しく、どこか様子がおかしかった。


「お前もうすぐ魔力切れだろ」

「黙れ!『火炎弾フレイムボム』」


 なんだこいつ! 魔力切れ寸前なのにフラついてないし、火力の高い『火炎弾フレイムボム』まで撃ってくる!


「お前ら早く奥に逃げろ! ⋯⋯オルァ!!」


 ガランは『火炎弾フレイムボム』を切り裂き、辺りは火の海と化した。


「ここ⋯⋯まで⋯⋯か⋯⋯魔力⋯⋯ぎ⋯⋯」


 リアラを囲っていた『水幕ウォーターベール』は崩れ、心配そうなリアラが姿を見せる。


「ミーシャちゃん!!」


 結局私は人を殺せる勇気なんて⋯⋯なかった──


「ミーシャちゃん⋯⋯!」


 あいつ⋯⋯立ちながら白目むいて気絶してやがる⋯⋯。とはいえ俺の作戦勝ちだ、魔法使いを相手にした時は魔力切れを狙う方が簡単だ。


「さあ、死んでもらおう」


 ガランはミーシャに歩み寄り、剣を心臓のあたりに一度近づけ狙いを定めたあと、勢いよく前に突き出した。



「は⋯⋯? ⋯⋯お前気絶──」

「月魔法『月光ソナタノアストラ』」


 ミーシャの体には謎の魔力が溢れ、誰が見ても魔力の波が見て取れる。


「なんだこの魔法は!?」


 確実に刺したと思った⋯⋯だがあの瞬間、極小の魔力晶壁を張られた。そしてこの見たことの無い魔法はなんだ! この空間全体が照らされる光の雨の範囲攻撃!? そもそも月魔法ってなんだよ!!


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯収まったか⋯⋯。あんな高火力の範囲攻撃だ、もう魔法どころか立ってられないだろ」


 あの一瞬で剣がボロボロになってしまった⋯⋯まともに受けてたら確実に死んでたな。


 ガランは足に魔力を集約させ、ミーシャに向かって剣を振り上げ一気に加速。


「俺の勝ちだ!」

「時魔法『時流止クロノス』」

「また知らない魔法を⋯⋯!」


 放たれた黒いモヤは待ち構えていたガランの体をすり抜け、消滅。


「何も起きな⋯⋯ッ!」


 手足が⋯⋯動かない!?


「おまえ!! 何をした!?」


 ミーシャはその問いに見向きもせず、淡々と魔法を唱えだした。


「夜更けの鐘は時に鳴り、時に響き、夜空を統べる音となる」


 空間が暗闇に包まれ、ミーシャの頭上に赤色の鐘が現れる。


「夜魔法『夜の静寂コンシャスネス』」


 赤色の鐘が鳴り響いたその瞬間──洞窟内にいる盗賊らの意識は刈り取られ⋯⋯その場に倒れ込むしか選択肢は残されていなかった。


「なに⋯⋯私⋯⋯何をし──」

「ミーシャちゃん!」


 魔力切れを起こしたミーシャは足に力が入らず、膝から崩れ落ちたあと⋯⋯そのまま気を失った。


「⋯⋯息はしてる⋯⋯良かった、気を失ってるだけみたい⋯⋯」



「おーい! 大丈夫か!?」


 洞窟の入口から響く声は奥まで届き、更なる安心感をリアラにもたらした。


「助けてください!」


 その声を聞いた男は杖に乗り、洞窟内を低空飛行してリアラがいる空間まで移動した。


「なぜ⋯⋯いや、先に君からかな」

「あっ、この手錠魔力耐性が高いので──」

「大丈夫、造作もない」


 そう言われた時、私の手にかけられた魔力封じの手錠は真っ二つになった。その時私は瞬時に理解した⋯⋯絶対に敵に回してはいけない人だと。


「あ⋯⋯ありがとうございます」

「見た限りこれは⋯⋯ミーシャが全てやったのかい?」


「そうですけど⋯⋯ミーシャちゃんのお知り合いですか?」


「そうだよ、私の名前はナバス・カントナ。よろしく頼む」


「よろしくお願いします、リアラ・リーグレントです」


 この男性は強い⋯⋯でもミーシャちゃんに男の影なんてなかったのに⋯⋯!


「とりあえずミーシャを冒険者ギルドまで運んですぐ診てもらおう」

「私も一緒に行きます!」


 こうして二人は洞窟を後にした。空は暗く、日は沈みきり、見上げるとそこには薄く輝く月の姿。


「懐かしい⋯⋯けど──」


 魔法の痕跡が残っていた、なぜミーシャがあの子の魔法を⋯⋯。

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