第18話 アリスとロット

「⋯⋯返事がないなら勝手に入るよー?」


 声をかけても返事がない。宣言した通り、ナバスはドアノブを握りドアを開けた。


「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」


 そこには過呼吸を起こし、小さく呟きながら机に突っ伏しているリアラの姿があった。


「大丈夫か?」


「⋯⋯大丈夫なわけないです。お父様相手だと私は何も出来ない、あれだけ助けるって言ってたのに⋯⋯ミーシャちゃんだってきっと私を待ってる」


「でもリアラは武闘大会であの父親に実力を認めさせないといけないんだよね?」


「あぁ⋯⋯そうです──って誰!?」


 机に突っ伏した上半身を起こし、声のするドアの方へ勢い良く振り向いた。


「あっ! ミーシャちゃんのストーカー!」

「師匠ですよ、改めてナバス・カントナです。あなたのことは知っていますよ」


「そうですか、それでなんの用ですか?」


「あなたを弟子に取ろうと思いまして、現状私を頼らないとミーシャは助からないし、あなたのお父様を納得させるのも困難でしょう」


「⋯⋯鍛えてあげるから弟子になれ⋯⋯ですか」

「要するにそういうことです、私はリアラが欲しい、リアラは実力が欲しい」


「その目、ミーシャちゃんを諦める⋯⋯ってわけでもなさそうですね」


「もちろん、弟子を死なせたりしないよ。今回は私に任せて欲しいだけだよ。今のリアラじゃ実力的にも知力的にもリアラのお父様には勝てないからね」


 歯を食いしばりすぎて顔が変になりつつもリアラは現状これしかないと判断し、ナバスの案に了承した。


「ん⋯⋯?」

「どうしました?」


「いや、なんでもない。それより弟に会いに行ったらどうだい?」


「それもそうですね、お母様の所かな?」

「私も後で行こう」


 リアラが先に部屋を出、ナバスは少し遅れてドアを開けた。廊下の窓から入る日差しに目を細めながら部屋のドアを閉める。


「計画通りじゃ」

「私の計画はさっき崩れたけどね」

「──おお! ⋯⋯あなたは?」


「メイドのアリス、明日の休暇が無くなった仕事人」


 そういう彼女はワンピースの丈が長いヴィクトリアンメイド服、灰色の瞳に誰にも物怖じしそうにないその態度、本人が言っていた通り淡々と仕事をこなす仕事人だと一目でわかった。


「それは残念だったね」

「それ、貴方が言う?」

「⋯⋯面倒をかける」


「私はただ仕事をこなすだけ。でも、何も無かったら承知しないから。ライザ様には必ずあの子が必要になる」


 ナバスを前にそう言い残し、持っていたバケツの中から雑巾を取りだし窓を拭き始めた。


「それじゃあ私は行くよ、お掃除頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」


 窓を拭く手を止め、ナバスに向かって深くお辞儀をする。お腹の辺りで繋ぐ手には、日差しに当たらず暗闇の中から現れた一本の黒のナイフ。


「──っ!」


 ナバスの背中に向かって投げられたナイフはものすごい速さで迫る。


「なんの恨みかな?」


 だが、瞬時に魔力障壁を発動させたナバスには効かず、ナイフは魔力障壁に当たると同時に消滅した。


「休暇の恨み。ライザ様の弟、ラルバ様が生まれてからは息抜きも出来ない。通常休日であるはずの週末が、初めての男の子ということでイリアス様とほかイリアス様にお仕えする数人の従業員は目が離せない。そんな中やっと休暇が取れたかと思えば本業に依頼が来た。分かるでしょ」


「⋯⋯後でバルザンに言っておくよ」

「助かるわ」


 少し罪悪感を覚えながら豪邸内の空気に張り巡らせた魔力を感じ、長い廊下を歩きリアラの居場所を探る。


「一階のリビング、イリアスさんと一緒か⋯⋯心苦しいよ」


 時刻は昼前、春風に揺れる草木を眺めながらボソッと呟くナバスは上品に階段をおりていく。



「ライザ、落ち着いたかな?」

「うーん⋯⋯」

「すみません、ラルバに夢中みたいで」


 イリアスの膝上で可愛い寝顔をさらけ出しているラルバの横で、優しい笑顔を見せているリアラ。少し前までミーシャのことで焦っていたとは思えないほど落ち着いていた。


「いえ、お初にお目にかかります。イリアス・リーグレント様」


「ナバス・カントナさんだったかしら? バルザンから聞いているわ、うちのライザをよろしくね」


「こちらこそ、身に余る光栄です」


 大きなソファを執事が二人、メイドが二人の計四人で囲み、危険が迫ってないか常に目を光らせている。


「ナバスさんもどうぞおかけになって?」

「では、お言葉に甘えて」


 イリアスとは対面のソファに座ると、執事の一人がナバスに近づいた。


「執事のロットと申します。こちらお紅茶になります」

「ありがとう、でも大丈夫だよ」

「左様でございますか」


 オシャレな柄をした白色のティーカップはワゴンに素早く下げられ、ロットという男はナバスに向かって一礼をし、元の位置へ戻る。


「ライザ、そろそろ鍛錬しようか」

「⋯⋯やりますか、愛する人のために!」


 バルザンを認めさせ、正式にミーシャの隣に居たい。その気持ちがリアラの活力となる。


「イリアス様、現在地下牢に監禁されているミーシャも私の弟子です。無罪だと証明出来れば返してもらいますよ」


「ええ、もちろん」


 ソファから立ち上がるナバスは、手元をイリアスに見せながら安心する。


「良かったです、ご夫婦の意見が食い違わなくて。それと魔道具で録音させていただいていますので、ご理解頂けると幸いです」


「用意周到ね。でも私、嘘はつかないわよ」

「存じ上げております」


 やっとラルバから離れたリアラは歩き出すナバスの後を追う。そしてリーグレント邸の広い庭へと移動した二人は、早速鍛錬を開始した。

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