第4話
「ランドール伯爵家とはどんな家だっただろうか? 大して聞いたことがないが」
「最初は中立派でした。どの王子も支持せず、領地に引きこもり王位争いに参加しなかった家です」
早足で歩きながら、謁見を求めているランドール伯爵について簡単に情報を得る。
「なぜ誰も支持しなかった? 日和見なのか?」
「領民を守るためと言われています。水面下で根回しなどせず王位争いが始まった途端、さっさと領地に引きこもりましたね。ラース元国王陛下が帰国されてからは彼を支持していました」
「ふむ。なら他の王子の手先ではなさそうだ。だが何の用だろうか。災害などは最近起きていないはずだから、急遽支援が必要というわけでもあるまい」
以前、急遽謁見を申し出てきた貴族は水害が発生した家の者だった。あの時のように緊急で救助や支援を要請するわけではないだろう。
キーファを連れてエデンは謁見の間に入る。
そこにはランドール伯爵が一人、首を垂れていた。
「面を上げよ。至急謁見を求めてきたのだからそれなりの用なのであろう?」
エデンは正直、ラースの遺体がなくなったことの方が重要で頭の大半を占めていた。そのため、伯爵が白い大きな包みを持っていても大して気にしていなかった。
「陛下。こちらをご覧ください」
「私は暇ではない。美術品だけを見せに来たのであれば帰ってもらいたいのだが……」
エデンの言葉はそこで止まった。
白い包みの中から現れたのは誰かの肖像画で、それはエデンの知る人にとても良く似ている。違うのは肌の色くらいだ。赤い目に見事な金髪。
「私の兄であるチェスター・ランドールです」
「それがどうした。兄と見合いをしろとでも言う気か」
「兄は伯爵家を継ぐ予定でしたが、平民女性と駆け落ちしました」
「一体伯爵は何が言いたいのだ」
「……恐れながら申し上げます。陛下の王配となられるマリク様の父は、私の兄ではないかと。あまりによく似ておいでなので」
エデンは舌打ちをしたくなった。
マリクは平民のはずだが、ここまで似た肖像画まで持って来るとは。どうせマリクの後ろ盾になると言い、認めれば外戚として口うるさくなるに違いない。
「何故今更そのようなことを言い出した。そこまで伯爵の兄がマリクに似ているならば、会議の時に一目で分かっただろう」
「はい、一目で分かりました。しかし、兄の消息がずっと分からなかったためにあのような場で軽率に発言できませんでした。何の証拠もなければ一蹴されるだけです。兄を知る一部の貴族もマリク様を紹介されて驚いておりました」
マリクを紹介した時のあの不可解なざわめきはそういうことか。
「それで? ここまで黙っていたのは、その肖像画を見つけるために家中ひっくり返していたのか」
「はい。兄の消息も追っておりました。そして、兄は現在亡くなっているもののカークライト王国にたどり着いていたことが分かったので、本日謁見を申し込みました」
エデンはため息をつきながら、マリクを呼ぶように指示した。
「それで、王配の家族だと主張したいのか?」
「陛下にそう受け取られても仕方がありません。しかし、これは私なりの兄への贖罪です。そして新しい王配殿下が平民の騎士と侮られないためです。もしマリク様がお望みであればランドール伯爵家が後見になります」
「伯爵の贖罪に興味などないし、私は私よりも強い男にしか興味がない。マリクが平民だろうと伯爵家の令息だろうと私には関係がない。ラース元国王を捕らえた褒美にマリクは王配の座を望んだ。ラース元国王の剣の腕は伯爵たちがよく知っているのではないか」
ラースの名前を出すと、エデンの心はまだ軋んだ。やっと自分のものになったはずの男の遺体が綺麗さっぱり消えていたからだ。
ラースの剣の腕はなかなかのものだった。エデンもよく一緒に訓練をした。マリクには及ばないが、他の騎士にも劣らない。あの穏やかそうな外見と柔和な笑顔で舐めてかかると痛い目に遭うのだ。
「陛下。お呼びですか」
書類と格闘していたらしいマリクがやや疲れを見せながらやって来た。
城の周りを何周走っても疲れを見せないのに、書類仕事はだめらしい。
「マリクの父親の名前はチェスターだったか?」
「はい」
マリクは伯爵には一瞥もくれずにエデンの方だけを見ている。なぜ今更父のことを?と言いたげな表情だ。
「あのような風貌だったか」
「……記憶よりも若いですが、はい」
エデンが示した肖像画にマリクはやっと気付いた。その絵の中には褐色の肌ではないマリクがいるようなものだった。肌の色は母譲りなのだろう。
「ランドール伯爵はマリクの父親の弟だと主張している。つまり、そなたの叔父だな」
マリクとランドール伯爵も良く見れば見ている。
「話して確かめると良い」
「陛下。しかし」
「貴族の令息として王配になりたければ、ランドール伯爵を頼ると良い。そういえば、そなたは平民なのにマナーはしっかりしていたからおかしいと思っていた」
「あれが父に仕込まれただけです。陛下の騎士になると決まってからはさらに厳しくなりました」
「素晴らしい父親だ。マリクにはただでさえ苦労をかけたからな。マナーでは揶揄されなかっただろう」
エデンだって知っていた。平民出のマリクを自分の騎士にする意味を。ゴードン団長がいくら目を光らせていたところで、嫉妬からいじめは起きる。
マリクが剣の腕で頭角を現したことでそれも減っただろうが、苦労はしたはずだ。
「この件はマリクに一任する。マリクのままでいるか、マリク・ランドールを名乗るか決めると良い」
マリクを見た時、ラースとは違うが必ず自分の騎士にこの者はなるのだとエデンは確信があった。そしてゴードン団長をのぞいて、マリクが騎士団の中で最も強くなることもなぜか確信していた。
キーファもそうだ。なぜかこの者は信用できると思っていた。その確信は言葉では表現できない、直感のようなものだった。
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