第6話
ラースの遺体は結局、戴冠式までに見つからなかった。
まだ復興の途中なので戴冠式と結婚式を同時に行う強行スケジュールで、マリクとは衆人環境の中で顔を合わせてもなかなか話す時間はない。
マリクは結局、ランドール伯爵家の養子に入ることを選択した。エデンとしては本当にどちらでも良かったのだ。平民として王配になっても、実は伯爵令息で王配になってもどちらでも。
ただ、エデンが回す仕事とともにランドール伯爵家で教育されて、マリクは以前よりも貴族らしくなった。テーブルマナーだけでなく、所作も歩き方もどことなく貴族らしさが漂う。
「マリクにはこれからも苦労をかける」
結婚式の後のパーティーで各国の要人からの挨拶を受けた後で、エデンは隣に座るマリクにそう口にした。戴冠式も結婚式もどちらも豪華絢爛とはいかない。これを気にするのはマリクではなく、エデンであるべきか。
「私はすでに陛下に永遠の愛と忠誠を誓っております」
マリクは一年前と同じことを口にするが、口元には貴族らしい笑みが浮かんでいる。いつも無表情でエデンの後ろに立っていた男がこんな風な笑みを浮かべていることを、エデンは嬉しくもあり申し訳なくも思った。いや、やはり罪悪感の方が勝っていた。
どうして、自分の心はまだラースに囚われたままなのだろうか。
あのまま彼が土の中に掘り起こされることなくいてくれれば、エデンのために努力をし続けてくれたマリクに今日この時心をかき乱されたはずなのに。襲ってくるのが罪悪感とは。
「エデン」
「兄上」
各国の要人がいたため短くしか挨拶をしていなかった、兄カナン・カークライトがエデンの前に再び戻ってきていた。
エデンは一年半ぶりの兄との再会に本物の笑みを浮かべる。アンブロシオへの侵攻から兄とは会えていなかったのだ。
「まさかマリクが王配になるとは。てっきりアンブロシオの高位貴族と適当に結婚するのかと思っていた」
「マリクはランドール伯爵令息だったから」
「エデンなら適当にお飾りの夫を選んでも良かった。壁一面に候補者の絵でも張り付けてナイフを投げて決めそうだ。それなら気弱な尻に敷ける夫がいいか」
「マリクがいなかったらそうしていた」
後ろで護衛をしているキーファは、あまりによく似たエデンとカナンを交互にチラチラと見ている。
カナンはエデンのように剣を振り回すことはないので線が細い。それに二人とも黒髪に紫の目だ。一目で双子か兄妹と分かる。
「復興は順調そうだ」
「時間がまだかかるけれど……カークライトからの支援のおかげでかなり持ち直している」
そこでカナンは少し声を潜めた。
「ラースは? 見つかったのか?」
エデンは首を振る。ラースの遺体の話だ。エデンよりも頭を使うことに優れている兄には使いを送って相談した。
「現場に五芒星のようなものがあったって?」
「そう見えただけ」
「五芒星は魔除けや守護の証だろう。一体何のつもりだろうか」
「潰れていたから五芒星でなかったかもしれないし……」
ラースの遺体を持ち去ることを正当化したのだろうか。生き残りの第二王子勢力が今のところ最も怪しいが、現時点で情報はない。遺体を持ち去るくらいなら城に攻め込んだ方が早かったはずだ。
「エデンは神殿と距離を置いていたから知らないだろうが、もし逆五芒星なら悪魔の象徴だ」
兄の言うことは確かにそうだ。エデンは剣を振り回す方に忙しかったから宗教に興味を持っていなかった。そもそも以前派手な権力争いをしたせいで、王と神殿はお互いなるべく遠く距離を取っていたから媚びる必要などなかった。ただ、兄は宗教に興味を示していた。
「五芒星に方向なんてあった? それに、国によって考え方は違うはず。その逆五芒星が神聖な意味を持つ国だってある。悪魔だってその国の宗教の考え方なんだから」
ブツブツ言い出したエデンにカナンは肩をすくめた。兄妹なのでどうしても気安い口調になる。
「まぁね。カークライトと違ってアンブロシオにはいくつかの宗教があるようだし。ただ、これだけ遺体が見つからないならもっとちゃんと調べた方がいいかもしれない」
兄に向ってエデンはひとまず殊勝に頷いた。
書かれていただろう五芒星が逆だった気がしたからだ。あれを目撃したキーファを含めた騎士は何も言わなかったから、不吉なものとは考えていなかったのだ。
戴冠式と結婚式から間もなくして、これまで静かだったはずの魔物が大量に発生した。まるで、エデンの即位にケチをつけるように。
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