第7話

「本当に陛下まで魔物が発生した地域に向かわれるのですか。騎士団に任せておけば……」

「このままでは私の治世が呪われている、などと言われるから当たり前だろう。私の即位にケチをつけた魔物は私が狩る」


 不安そうな大臣を見もせずにエデンは装備を確認する。


「なんだ。お前は私が魔物に殺されることを心配しているのか、それとも無事に帰って来ることを心配しているのか」

「即位したばかりの陛下まで行っている間に何かあれば……せめて王配殿下だけでも残っていただくことは……」


 大臣は胃が痛そうに押さえている。彼はアンブロシオの高位貴族だ。


「私は陛下に永遠の愛と忠誠を誓っているので離れることはあり得ません」


 マリクも荷物をキーファに渡しながら、淡々と答えた。ついて行くのが当たり前、他の選択肢はないという態度だ。大臣の顔がさらに青くなる。


「だそうだ。為さなければならないことは、何があっても為さなければならない。国民の不安を抑えるためにも私自ら出向く。あぁ、心配しなくてもケリガン公爵も呼んである。困ったら彼女に頼るといい。なんといっても元王妃だ」


 エデンはさっさと馬にまたがる。


「玉座が欲しいなら私から奪えばいい。その代わり、魔物ではなくカークライトが攻め込んでくることになろうがな。あぁ、他の国も攻め込んでくるかもしれない。もちろん私も再び玉座を狙うが」

「そんなことは……滅相もございません」


 大臣はふるふると首を横に振るしかないようだった。彼も次からはエデンを止めるようなことはないだろう。どうせ言ったところで聞かないのだから。



 今回魔物が発生したのは、王都から二日ほど馬で走った距離にある森だった。


「この近辺で魔物がこれほど出たことはなかったはずだが」

「はい。しかし、今回澱みが発生したようです」


 魔物の発生には澱みが関係している。これは地形上どうしても時間の経過とともに溜まってしまうもので、その澱みを通じて魔物が出入りするようになるのだ。

 地形上の問題なので対策は立てやすい。それなのに、今回は地形にこれまで当てはまらなかった場所だ。


「何かがおかしいな」

「調査はしますが、如何せん魔物の数が多いので間引きませんと」

「あぁ、分かっている。この道から二手に分かれて進め」


 澱みからはまず小型の動きが早い魔物が出てくる。その後、大型の魔物が出てくるのだがすでにこの森は大型の魔物で溢れていた。大型の魔物は小型の魔物を食べるのであちこちにすでに血の臭いが充満しているが、大型なだけに発見もしやすい。


 クマくらいの大きさの魔物を何体も倒しながら森の中を進んでいくと、数時間かけてやっと澱みの場所にたどり着いた。


「あれか」


 小さな池からは禍々しい黒い靄が立ち上っている。

 浅い底を見れば、黒い石から靄が出ていた。この石が澱みの原因なのですべて叩き割らなければいけない。澱みの溜まりやすい地点では定期的に巡回して、この石を早い段階で破壊する必要性がある。


 騎士たちが池に入って石を拾い上げて地面に投げてくる。それらを叩き割っている時だった。


 エデンは池の向こうに人影を見た。

 二手に分かれたキーファの部隊かと思ったが、一人しか見えない。キーファの部隊ならこちらに近付いてくるはずなのにとおかしさを感じて、暗い森でエデンは目を凝らした。


「陛下?」

「……ラース?」


 そんなエデンの様子にマリクが気付く。

 エデンは息を呑んだ。自分の目をまず疑った。


 あり得ない。あれがラースなわけがない。あんな背格好がただ似ているだけの人影がラースだなんてことは。キーファの部隊の誰かだろう。


「陛下! 危ない!」


 突然、飛行型の魔物が空から一斉に襲ってくる。ワシくらいの大きさだ。先ほどまで飛行型の魔物は一切出てこなかったのに。まるでこのタイミングを待っていたかのように襲ってきた。


 池に入っていた騎士たちは軽装備で危ないので、なるべく身を屈めさせる。

 斬っても斬っても、飛行型の黒い魔物は数が多かった。矢も銃も準備させているが、頭上が真っ黒になるくらいの数がひっきりなしに襲ってくるので狙う暇がない。爆薬も用意させているが、騎士たちも密集しているので使いどころが難しい。


 どうするか考えているエデンの目に、先ほどの人影はさらに近づいていた。木の幹に手を当ててこちらを見ている。明るい茶髪が見えて、エデンは状況も忘れてそちらを凝視した。


「ラース……」


 飛行型の魔物の間から見えるのは、間違いなくラースだった。

 死んだはずのラースが立って、無表情でこちらを見ている。嘘だ、ラースは死んだはず。間違いなく、エデンがこの手で殺したはず。剣を握って彼の首を落とすあの感触だって生々しく覚えている。


「陛下!」


 魔物の鋭い爪がエデンの肩を狙ったが、マリクがそれを弾いた。


「陛下! しっかりしてください」

「ラースだ」

「は?」

「ラースが、あそこにいる」

「一体、何を!」


 マリクは魔物を必死で防ぎながら、エデンの示す方向を見た。

 なぜかその方向から大きな魔物が飛んできた。飛行型ではない、地面を歩くタイプだが……。


「皆、伏せろ!」


 叫ぶエデンをマリクは慌てて抱きしめて庇う。頭上を舞った大型のクマのような魔物は、飛行型の魔物を盛大に巻き込み散らしながら遠くに落下した。

 さらにそんなことが続く。誰かが大型の魔物の死体を空に向かって投げているのだ。


 キーファの部隊にクマのような魔物を持ち上げられる奴がいただろうか? 何人がかりだ?

 何体も魔物が宙を舞い、飛行型の魔物が巻き込まれることに気付いてギャアギャア叫びながら飛び去って行く。


 エデンはすぐに立ち上がってラースのいた方向を見たが、もう誰もいなかった。

 幻だったのだろうか。幻覚作用でも引き起こす魔物がいたのか?


「あぁ、神よ! 感謝します!」


 別方向から大声が聞こえて、エデンはそちらを強制的に向かされた。非常に鮮やかな水色の髪をした神官服の男が両手を天に突き上げている。


 明らかにその男は場違いだった。


「神よ、あなたに感謝します!」


 水色の髪の男は再び叫ぶ。エデンもマリクも他の騎士たちも、しばらくの間は恩人らしき怪しすぎる男に声をかけられなかった。キーファが合流したことでやっと皆我に返ったのだった。

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