第二章 新しい騎士

第1話

 貴族たちを黙らせたエデンはそれから復興に尽力した。

 魔物の被害と王位争いの爪痕は各地に残っている。戴冠式も結婚式も一年後に先延ばしだ。マリクはマリクで王配としての勉強もしてもらわなければならない。


 そしてエデンは本日、謁見をこなしている。

 目の前の伯爵夫妻はなぜか最初から地面に額を擦り付けており、謁見の間は異様な空気が漂っていた。


「女王陛下。この度は夫の不適切かつ不敬にも程がある発言、大変申し訳ございませんでした。この者は領地からもう出しませんのでどうか何卒厳罰だけはご容赦ください」


 エデンは面白くて思わず口角を上げた。

 伯爵夫人が終始夫の頭を押さえつけているのだ。これを面白いと言わないで何と言えばいいのだろう。


「この国に来てから不適切というか不敬な発言はよく浴びている。どのことか皆目見当がつかないな」

「王配殿下に対する暴言でございます」

「あぁ、犬だのなんだのというものか」


 伯爵夫人は白髪混じりの頭を下げながら震えている。


「夫人のみ面を上げよ」


 エデンは完全に面白がっていた。犬という暴言はあったが、すぐその場でエデンは羽虫と言い返した。エデンは気にしていないが、マリクは気にしているかもしれない。フォローしておかないと。


「なぜ羽虫がこのように謝罪できる人間と結婚できたのだろうか、不思議だ」

「夫と私の命はどうなっても構いません。しかし、我がハント伯爵家は魔物の被害が大きく領民は飢えております。ですのでどうか罰金だけはご容赦ください!」

「夫は羽虫だが伯爵夫人は素晴らしいな。なぜ羽虫と結婚している?」


 エデンの完全に面白がっている問いに、伯爵夫人は唇を噛みしめながら分からないとばかりに首を振る。


「羽虫はどうでもいいが、伯爵夫人は気に入った。それに私は気にしていない。マリクはどうだ」

「羽虫が飛びながら何を鳴こうと、私の陛下への忠誠心が揺らぐことはありません」

「だそうだ。まぁ、私は羽虫を愛でる趣味はないからその羽虫は領地から出ないでいるといい。他に処罰などしない」

「寛大なお言葉をありがとうございます!」

「ところで、私はその羽虫よりも伯爵夫人が欲しいのだが」


 エデンはハント伯爵夫人をすぐに気に入っていた。エデンに謝罪しながらずっと羽虫の夫の頭を押さえつけている様子も、領民のことを考えている様子も大変好ましい。オリヴィアといい、このハント伯爵夫人といい、アンブロシオの女性たちは素晴らしい志を持っているではないか。


「私の側で働かないか」


 マリクが後ろで呆れている様子だが、エデンはしっかり勧誘した。


「恐れながら申し上げます。長男が魔物の襲撃で亡くなっており、我が家は次男が継ぐのですが教育がまだまだでございまして。この夫に教育を任せるのも少々気がかりなのでございます」

「それはそうだな。そしてそなたの長男の件、残念だった」

「大変光栄で身に余るお言葉ではございますが、次男が継げるようになるまで、そして領民がせめて飢えない程度に復興するまではご容赦をいただきたく」

「ふむ、しかし私は夫人が気に入ったのだ。そなたに娘はいないのか」


 女王なのに、今のエデンの姿は娘を妃の一人として差し出せと言っている暴君のようである。


「我が家は男ばかり三人でございます。次男は跡取りですが、三男がおります。騎士でございます」

「なら三男を私にくれ。マリクも王配になるから騎士は必要だったところだ。夫人の血が入っているならそれで我慢する」


 エデンはそう言いながら、騎士を犬と口にした伯爵を余計に軽蔑した。その軽蔑の視線を伯爵夫人は正しく理解した。


「夫は武芸に明るくないのです。三男のキーファは優秀な騎士ではございますが、婚約者をこの城で亡くして現在あまり使い物になりません。お役に立つかどうか、分からない状態でございます」

「私は抵抗する者以外は殺すなと言ったはず。婚約者も騎士だったのか?」

「侍女でございました」

「侍女で亡くなったのは一人だけ。しかも自殺だった」


 伯爵夫人はしっかりと視線を上げる。その目は驚きに満ちていた。


「まさか……陛下はすべて把握していらっしゃるのですか」

「私の部下が無駄な殺生をしていないかをな。確か子爵家の令嬢だったか」

「その通りでございます」

「その者は何とかという伯爵に乱暴されかけていてな。私の騎士が止めに入った時にはもう錯乱していて、窓から飛び降りてしまったそうだ」

「てっきり……私はカークライト軍に殺されたのかと思っておりました。大変失礼な思い違いをしておりました」

「良い。普通そう思うだろう。その三男の婚約者を襲った犯人も捕まえてある。牢に入れて忘れていたがまだ生きているだろう。民衆のストレスのはけ口に処刑でもしようかと思っていたが、なんなら三男がその者を殺してもいいぞ?」


 エデンの口から出るあまりに残酷な申し出に、伯爵夫人はすぐには頷かなかった。


「私の騎士が何かを隠蔽するためにそんなことを言っていると思っているのか? 疑うならそれでもいいが、私はこの国の王子たちとは違う。カークライト軍がここに来るまでに何をしたか、知っていればそんな疑いも晴れよう」


 伯爵夫人はすぐにまた頭を下げた。


「カークライトから支援を頂戴しているにも関わらず、大変申し訳ございませんでした」

「三男にどうしたいか聞いてみるといい。その女性が窓から飛び降りた後、窓から顔をのぞかせたのが私の騎士だったからおかしなウワサでも立っているのだろう」


 異様な空気に包まれたこの謁見はひとまず終了した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る