第2話
キーファ・ハントは翌日すぐにやって来た。
眠れていないのだろう、隈と陰があり異様な雰囲気を醸し出していたが、エデンが好んだハント夫人に彼はよく似ている。金髪のハント夫人と違い、キーファは黒髪だが理知的な雰囲気がよく似ている。羽虫とは違う。
エデンはマリクを伴って地下牢へと下りた。復興を最優先にして罪人の処罰をどうするかきめていなかったが、これを皮切りに決めていけばいいだろう。
「そなたの婚約者が死ぬ原因になったのはこの伯爵だ。名前は忘れたが」
エデンはある牢の前に立って、中でうずくまる男が顔を上げるように格子をガンと蹴る。
キーファはその乱暴な様子に目をやや大きくしたが、牢の中にいる人物が分かると一瞬で視線を鋭くした。
「貴様……だったのか!」
キーファは憔悴して落ち込み今すぐ死にそうな様子だったのに、牢の中のなんたら伯爵をその目でとらえた瞬間殺気がみなぎる。
「知り合いか?」
エデンが問うが、キーファには聞こえていないようだった。
「不敬だぞ。陛下の問いに答えろ」
「……婚約者に、付きまとわれていると相談されていた男です。気に入った、他の女性にも、同様のことをしていたと」
マリクがやや声を荒げると、キーファは格子を爪が白くなるほど掴みながら答えた。
「なるほど、ではクズだということだな」
いくら治世が乱れていたとはいえそんな奴が城で野放しになっていたとは。
「では、ウワサとは違って私の騎士ではなく、こいつが犯人で間違いないと信じられたか?」
「……はい」
「殺したいなら三日後に広場で殺すことを許そう。私はこういう奴がやった行いを許さないと皆に周知させたい。罪状は読み上げるが、そなたの婚約者の名前は出さない」
牢の中で怯える何とか伯爵をキーファは血走った目でとらえ続けていた。
結局、三日後に伯爵はキーファの手で広場にて処刑された。
急遽知らせを出したものの、王位争いで国が乱れていたせいか貴族の処刑に国民たちは興味津々でたくさん集まり熱狂した。ラースとケリガン公爵には処刑という形はあえてとらなかったが、これで少しは国民の鬱憤が晴れただろうか。
「気分はどうだ。少しはスッとしたのか」
「あまり、晴れません」
「それでいい。そなたは正常な心の持ち主だな」
処刑を終えた後、とぼとぼと歩いてくるキーファにエデンはそう声をかけた。
エデンだってラースの首を落とした後、スッとはしなかった。ケリガン公爵の首を見ても同様だ。
キーファはうつろな目をエデンに向ける。
「恐れながら陛下は……このような思いをされたことがあるのでしょうか」
「貴様、本当に不敬だな」
マリクがキーファの言葉に反応して剣吞な雰囲気になり、エデンは手を振って気にしていないと示した。
「私は婚約者をそれほど愛していたわけではないのですが……仕事を優先して会わずに結局彼女が死ぬと、こんなに心は空虚なのだと痛感しました」
「それを罪悪と呼ぶ」
エデンの言葉でキーファはまたうつろな目を彷徨わせた。
「それほど悪いものでもないぞ。罪悪感があるからそれを埋め忘れようとして人は頑張る。罪悪こそが人間の原動力だ。罪悪がないと死ぬ気で頑張れない」
ぼんやりとしたキーファの様子を見て、エデンは笑った。
「そなたが忙しさにかまけ婚約者をないがしろにした自分を許せば、その罪悪は消えるだろう。その罪悪が消える日までは苦しいだろうな」
キーファ・ハントに色濃く出ているのは後悔だった。罪悪からの後悔。
エデンは違う。エデンにあるのは罪悪からの怒りと憎しみだ。まるで、表現の違う自分と話しているかのような感覚にエデンは陥っていた。
「そなたの母親に私は振られてしまったのだが、そなたは私の騎士になるのか」
「陛下は犯人も捕まえてくださいました。その約束でしたはずです」
「マリクが抜ける穴を埋めてもらわねば。ゴードン団長もそろそろ孫のところに帰す必要がある。アンブロシオの復興にも時間がかかる上に、私もたくさん狙われるだろう。今の気持ちと同じで死ぬ気で私に仕えるように」
キーファはエデンの前に片膝をついた。相変わらず彼の顔色は酷いものだった。
エデンは剣を抜いて彼の肩を叩く。
「キーファよ。お前は愛に命など懸けてくれるな」
まるで自分に語りかけるようにエデンはキーファに囁いた。
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