第3話
「マリクはこの書類に目を通しておいてくれ。私は少し出てくる」
エデンは机の上に書類を乗せながらマリクを手招きした。
「陛下はどこかへ行かれるのですか」
「月命日だからラースの墓参りに行ってくるが、マリクは王配としての勉強もあるだろう。これは騎士団関係の書類だから確認しておいてくれ。予算案だ」
「私も護衛としてついていきます」
「キーファがいるからいい。そなたは私の護衛ばかりで王配になるつもりがあるのか? 戴冠式を終えたら急になれるものなのか」
そう問うとマリクは何も言い返せないようで、黙って座って書類を確認し始めた。とても嫌そうだった。書類仕事が嫌なのか、エデンがラースの墓参りに行くのが嫌なのかは分からない。どちらもかもしれない。
「陛下、もう少し護衛をつけた方がいいのではないでしょうか」
執務室から出て歩きながらキーファが声をかけてくる。
「なんだ、そなたはマリクと互角に戦えるのに私を守る自信がないのか」
「そうではありませんが、もし大人数で襲撃されれば一人では陛下を守り切れません」
「そんな馬鹿がこの国にいないことを祈るばかりだな」
「護衛はもっといてもいいくらいでしょう」
「信用できない者は側に置かない。それに私を殺して王になったところで、その者はまた誰かに殺されるだけだろう。玉座がこれ以上血で染まったところで私は知らん。勝手にしろというところだ」
「なぜ、陛下はそのように割り切れるのですか」
「割り切ってなどいない。ただ、やっと落ち着いた王位争いを蒸し返す馬鹿がいるならば、もうこのアンブロシオ王国は本当に終わりだ」
エデンは使用人に頼んでいた花束を受け取ると、城の敷地内にある廟に向かう。
ラースの首は一度国民に見せるために晒したが、その後はきちんと埋葬した。一応、国王でエデンが一度は愛した男だ。
エデンは花束をラースの墓に置いて、ぼんやりと彼がいるだろう土の下あたりを眺めた。
執務室で書類に囲まれていたり、会議で貴族たちをやりこめたりしている時だってアンブロシオを復興させよう、いい国にしようと努力はしているつもりだ。しかしラースの墓の前に立つと、そういった国政に携わっている時よりも大きな感情がエデンの胸に振ってくる。
やっぱりエデンの胸にあるのはラースへの恨みだ。ラースの首と胴体が離れても、土の中に埋められてもこの感情が消えることはない。それだけ彼を愛していた。だからこそ許せない。
「これは……」
眺めているうちにエデンは違和感を覚えた。以前は被せられた土の表面は硬かったはずなのに、今はふわりと盛り上がって柔らかい。王の墓は建物の中にあり誰も掘り返すことがないはずなのに、これはまるで棺を掘り返してまた土を上から被せたようではないか。
どの王の墓も建物の中にある。雨や風に晒されることもないし、警備だって巡回している。ラースは死後まで何かに煩わされることはなかったはずなのに。
エデンはすぐに手で土を払い始めた。
「陛下!? 一体何を!」
「誰かが掘り返したかもしれない。あるいは追加で何か埋めたのか」
「それなら危険ですから私がやります! 離れておいてください!」
キーファが掘り返している間にエデンは周囲を注意深く観察した。
墓石の裏に何か落書きがある。王の墓を暴いたり、落書きをしたりするのは重罪どころか極刑だ。
その落書きは小さかったが、五芒星のようだった。なんとなく、エデンは気持ち悪さを感じた。
キーファは棺を掘り起こして、エデンに確認してから開ける。
中は空だった。ラースが眠るはずの棺の中身は空であった。
「すぐに墓を暴いた犯人を捜査させろ」
「はい。第二王子の残党の仕業かもしれません」
キーファは急いで廟の警備の騎士を呼びに行った。
確かにラースの遺体を入れて、埋めたはずなのに。エデンをいくら裏切っていても、治世が乱れていても、ラースが国のために尽くしたのは事実だからだ。ラースの首を落としても憎しみは消えないが、遺体までどうこうしようなどとエデンは考えたこともなかった。
むしろ、ラースが死んでエデンは安心した。恨んではいるが、ラースがやっとエデンだけのものになった気がした。ここに来ると、ラースに対する執着や独占欲が満たされていたのに。
どうして、この世界はエデンからラースを奪うのか。王位争いを起こし、手紙も届かないようにして、遺体までエデンから奪うのか。
キーファが走って警備の騎士たちを連れてくる。
「陛下、使用人が来ています。至急謁見を求めている貴族がいるそうです」
「マリクでは対応できないから仕方がない。ここは任せて戻る」
「マリク様の件で来ているそうです」
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