003 天乃さんと絶体絶命

 飛行機はプロペラが止まっても、すぐには墜落しない。

 鳥が常に羽ばたいている訳ではないのと同じように、ある程度のスピードが残っている間は滑空しながら進むことができる。

 

 だんだんと速度を落としながらも、すでに着陸寸前だったことが幸をなし、セキレイの機体は驚くほど滑らかに滑走路へ滑り込んだ。

 故障しているとは思えないほど完璧な、教科書通りの三点着陸。

 アスファルトを掴んだタイヤが一気に速度を失わせ、かたかたと進んでいた機体を静かに止める。

 

 イスカは思わず、その完璧な操縦に見とれていた。流石は完璧美少女……と感心しながらキャノピイに目線を移し――そこで操縦席が煙に覆われかけていることに初めて気が付いた。

 

 煙が充満すれば、中にいる人間は窒息してしまう。早急に機外へ出なければならないというのに、セキレイは一向に姿を見せない。


 (――まずいかも)


 急いで機体に駆け寄った。焦げ臭い空気をかき分けて、翼の付け根に飛び乗る。立ち上がってキャノピィを覗くと、中は既に灰色一色、何も見えない状態。

 心臓が早鐘を打つ。急いでキャノピィの縁に手をかけた、その時。


 ――煙の奥から、白い手のひらがぺたり、ガラスに触れた。


 中に人間がいる。

 改めてそのことを認識させられ、イスカの胸がどくん、と跳ねた。

 手が、ぶるりと大きく震える。

 

「――耐えて、今開けるからっ!」


 ガラス越しに叫び、腕に力を込めた。

 ぬる、と僅かに隙間が開く。……が、それ以上は動かない。

 

 (モーターで開閉するタイプ……!)


 つまりは、人の手で開けるようには作られていないのだ。壊れてしまえば、中から開けることは不可能。破壊も辞さず、外部から無理やり開けるしか手はない。

 

 汗を拭い、イスカは力任せに引っ張った。繋ぎ目から伝わる抵抗感。

 モーターがキャノピィを閉じようとする。機械は忠実に、機能にしたがって動き続ける。


「……こんの、っ!」


 更に力を入れた、その瞬間。

 ぎゃん、と断末魔をあげてモーターが壊れた。

 支えを失ったキャノピィが一気に開く。

 こもっていた煙がぶわりと溢れ、イスカは思わず目を瞑る。

 一拍おいて瞼を開いた時には、煙はだいぶ晴れていて。


 ――その中に、まるで雲の中から生まれたみたいな、白い髪が揺れていた。


 長いまつ毛がゆっくり動いて、その下に隠れていた瞳がイスカを見つめる。思えば、こんなに近くでお互いの顔を合わせるのは初めてのことだ。

 少し潤んだ虹彩が、吸い込まれそうな深さと煌きを伴ってイスカをいざなう。

 夕日を映して少し暖かい青色が、空のようにどこまでも続いている。

 

 ――きれいだ、と思った。

 

 周りの音すら遠く、おぼろげになっていることに気づいて、すんでのところでイスカは我に返る。

 気まずさから目線を外し、誤魔化すように手を差し出した。

 

「――怪我とか、してない……?」


 セキレイはぱっと肩を揺らして、ぱちぱちと目を瞬いた。

 それから小さな口を開いて、何事か言おうとして。


「――――かは、かは、かはっ!」


 ……リズミカルに咳き込んだ。

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