071 天乃さんとお題の意味

「僕のお題に、君がぴったりなんだ。一緒に来てくれないか?」


「……ごめんなさい、私もお題の人を見つけたの。他の人を当たってくれないかしら」


「なら、君がゴールしてからでいいよ。僕は待つさ」


 髪をかき上げる王子に、困った顔をするセキレイ。

 エナがティトの横に来て、なんなのこいつ、とこそこそ言った。


 (……まあ、恋は周りが見えなくなるもんだからな。いくら王子といえど)


 (は? 有馬はそれでいいわけ?)


 (俺としては気に入らんが、そういうのは当人同士のことだからな。割って入るほうが空気読めないってもんだ)


 ぐるる……と唸るエナ。

 多分心配いらねぇよ、とティトは腕組みをして見守った。


「――大吉くんのお題って、私じゃないとだめなのかしら?」


「ああ、君しかいない」


「……わかったわ、じゃあゴールしてからここに戻ります。待っていなくても全然いいけれど」


「本当かい? 助かるよ――」


 ふっと笑った王子のほうには目もくれず、セキレイはイスカの手をぐっと握った。

 それもあからさまに強く。


「それじゃ下地くん。行きましょう」


「……ああ」


 イスカは初めて、その青い瞳が少し怖く感じた。






「……怒ってるの」


「いいえ。なんだかもやもやするだけよ」


 繋いだ手を頑なに離さず、二人は走った。

 恥ずかしさよりも機嫌の悪そうなセキレイが気になってしまい、イスカの頬は普通の色。

 セキレイのほうは少し赤いが、それはどんな感情によるものなのか。


「白チーム、二人目ゴールです! お題を確認します!」


 マイクを片手に、係の生徒が手を伸ばす。

 どうぞ、とその上にセキレイが紙を載せた。


「気になるお題は――『助けられている人』!」


 1-Bの応援席がどっと湧く。

 審判として控えていた1-Bの実行委員にマイクが渡り、よく分かっていない他クラスに向けて解説を始めた。


「実は1-Bの中で、彼女は連れてこられた彼の保護者と言われているのです。彼は確かに、助けられている人ですね!」


「なるほど、それは構ってもらっているということでしょうか?」


「私にはそう見えますね!」


「こんな美少女に構ってもらえるとは羨ましいですね! 白チーム二人目、合格です!」


 苦笑するイスカ。大爆笑の応援席。

 その中で、エナがティトに話しかけた。


「……セッキー、わざと勘違いさせてる。あれ下地助けられているんじゃなくて、下地助けられているって意味だよ! ほら、通学のこと!」


「――ああ、そうか! それなら納得だわ。天乃にしては傲慢な言い方だと思ってたが」


「みんなセッキーのこと分かってないねー!」


 一方、ゴール組の列に誘導されそうになったセキレイは、自分も借り人である旨の事情を言ってその場を離れた。

 そして、応援席へ戻ろうとしていたイスカに話しかける。


「――みんな勘違いしてるけど、本当は下地くんに『助けられている』って意味だから。まあ狙ってやったのだけれど」


「……え、そう言う意味だったの?」


「当たり前じゃない。いつも素の私を受け入れてくれて、本当にありがとう」


 最後にぎゅっと強く握って、ようやくセキレイは手を離す。

 固まっているイスカを残して、ぱたぱたと走っていった。






「おお、来てくれたんだね。ありがとう」


「待たせたわね。さっさとゴールしましょうか」


 いつも通りの微笑みを崩さないセキレイへ、王子が手を伸ばす。

 まるでエスコートを申し込むようなその仕草は、とても様になっていたが。


「それより普通に走るほうが速いわよ?」


 するりとその横を抜けて振り返ったセキレイは、行かないの、とばかりに髪を揺らした。






「赤チーム最後のお題は――『美しい人』!」


「……まぁ妥当だわな」

「ふんっ」

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