第6話




「ティルモを借りていく、こいつについての扱いはまた


アシェンティモードと呼ばれた若い貴族は衛兵長に金を渡すと僕を衛兵詰所から連れ出す。


金、つまり賄賂だ。この金はただ懐に入れるわけではない。金があれば、一時的に僕の代わりを雇うことができる。つまり問題が表面化しないよう取り繕えということだ。


平民は首を縦に振るしかない以上、この金を受け取るしかない。しかし金で売られたようで気分は最悪だ。


「…………」


馬車の中では誰もしゃべらない。ニヤニヤと笑っているのは上位者の若い男だけ。


空気は最悪だった。初めて乗った馬車の感動なんて感じる余裕はない。




「降りろ」


馬車は思ったよりも早く止まった。明らかに貴族の屋敷だ。アシェンティモードはずんずんと先に進み、僕は従者2人に前後に挟まれ、連行されるような形で屋敷に入る。


「座れ」


書斎らしき部屋に通され、面談のようにぽつんと1つ用意されている椅子に座れと指示される。しかし従者2人は座らない、立ったままだ。まるで逃げ道を塞ぐようで相変わらず居心地は良くない。


「ふぅ。緊張しているようだな。おい、何か飲み物を取ってこい」

「しっ、しかし」

「言っただろ? 配下としてスカウトしたと、犯罪者を捕まえたんじゃないんだ。ジェロが残れば問題ないだろ?」


従者は2人とも男。1人でも僕を抑えれる自信があるということか?


従者の1人が扉の外へ出る。足跡が消えるタイミングでアシェンティモードが口を開く。


「今から何があっても動くな。何を言われてもだ」

「……」


アシェンティモードがジェロに合図をすると、ジェロは腰に下げているサーベルを抜く。


「なっ!?」

「返事も必要ない。ただ黙って聞け」


息が上がってしまう。目の前に鞘から抜かれた長い刃物があり、それを振るう対象は自分。


「?」


しかし何も動きはない。僕が落ち着くのを待っているのか?


ふぅーと長く息を吐き、呼吸が落ち着くともう1人の従者が飲み物を持って戻ってきた。


「果実水だ、飲め」


飲んだことがなかった果実水は甘い香りがしてほのかな甘みがあった。サーベルを抜いた男がいる状況だが、この屋敷に来てはじめて息を吸ったような感覚がした。


「落ち着いたところで本題だ。貴様を監禁した黒幕は私だ」

「っ!?」


驚きで立ち上がろうとするも、両手で肩を抑えられ、視界をサーベルが覆う。


まさか誘拐をした黒幕が堂々と現れるとは。全く想定もしていない話に心臓は跳ね上がる。しかし身動きはできない。


だがますます分からない。一体僕に何をしようというのか。『スカウト』という言葉も引っかかる、誘拐をして騒ぎを起こす狙いは一体なんだ?


「…………」


笑っている? アシェンティモードは笑っていた。何を見て、それは僕だ。スカウト、僕の能力?


もし今、僕の反応を見て思考力を測っているとしたら辻褄が合う。なら誘拐は僕へのテストだったのではないか?


「質問だ。私の狙いがわかったか? ああ、もう口を開いていいぞ」

「……試していたということでいいのでしょうか? スカウトという話が本当ならば僕にスパイでもやらせようと?」

「ははっ。スパイかおもしろい」


いつの間にか、サーベルは鞘に、肩からは手は下ろされていた。だが息苦しさは続いている。


「テストというのは正解だ。不測の事態が起こった時に呆けるだけのやつなど使えないからな」

「……」

「手駒だ。貴様はいくつもばら撒いた手駒にすぎん。平民ができることなどたかが知れているからな」

「ならばあなた様は僕に何をやらせたいのですか?」


アシェンティモードは大きく息を吐く。部屋の中の空気が凍ったように静かになり、僕は答えを待つ。
















「クーデターだ」

「!!!!?」

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