第3話



「ハトぉーハトぉー。ハトの丸焼きだよぉー」

「うぅ……美味しそうな匂いだ。しかし無駄遣いはできない」


今日は非番の日。街に買物に来ている。


ここはマグン国の王都。市場は人で溢れ、それなりに活気がある。そこら中に露店、串焼きの出店があり、そこから少し離れた場所には個人商店が並んでいる。


一方でこの王都でも生活が苦しくなり、強盗をせざるを得ない人がいるのも事実。


とはいえ僕も人間、息抜きは必要だ。店を巡るのはよい小物があればという程度の冷やかしが目的。寮暮らしの僕は食材を買う必要はない。


休日はこのように暇な時間を潰す。だが非番の日とはいえ、鍛錬をしないわけではない。しかし男性は女性と違って『精力』の消費が激しい。己を鍛える範囲は制限される。


「ワニぃ~ワニ肉だよ~」

「あちこちで美味そうな匂いがするな……」


店先でいい匂いがすると思わず足を止めてしまう。こういうのをメシテロっていうんだ。


店頭に立っているのは男ばかり。女性が店員をしているところはたまにあるが、男は力仕事ができないからどうしても店頭に立つのが男ばかりになってしまう。


「おい、あんちゃん。ちょっと待てや」

「はい?」


ちょっとイカつめのお兄さんに呼び止められてびっくりする。しかし僕は衛兵、ビビるわけにはいかない。表情に出さないように振り返る。


お兄さんは僕をじっと観察するように見つめる。


「……悪いことは言わん、早く来た道を引き返しな。特にここから先は治安が悪い」

「それは分かってはいる」


ここは普段の巡回であまり回らないエリア。気になっていたのだが来たことがなく見てみたかったのだ。


「あんた、?」

「は? 攫われる?」

「そうだ。若くて……誤解を招くようだが、女が好む見た目をしている。ひとりでノコノコ歩いていたら間違いなくやられる」

「……マジか」


僕ってそんなに弱い、むしろ男1人ってそんな無力なのか?


確かに囲まれて、複数人で掴み掛かられたら振り払うのは困難だろう。もし仮に振り払うことができても、走って逃げるスタミナは残ってないかもしれない。


もしかして、僕が男だからこのエリアの巡回をすること自体が危ないって思われて、外されてたのか? そう思うと辻褄があってしまう。


「ホントに僕って弱いって思われてたんだな……」


そのことがショックでトボトボと寮へ帰ることにした。


来た道を引き返したわけだが、実はこのとき僕は見られていた。目を付けられていたことを知ったのは事件が終わった後のことだ。





「助けてくださいっ!」

「ばふっ!?」


巡回中、何かから逃げてきた女の子が僕に向かって抱きついてきた。


(おっ、おっぱい!?)


抱きついたら当然胸が当たる。なかなか体感したことのない熱が体から溢れる。


「ティルモっ、周囲の警戒っ!」

「っ! はいっ!」

「「…………あれ?」」


特に危険に感じる怪しい人物などは見つからなかった。この少女は何に怯えて逃げてきたのだろう。


「危険はないわ。離れて」

「……すいません」


普段優しいメルティ先輩とは思えないほどの冷たい声が少女に向けられた。少女はキョロキョロと不安そうにしてたが、本当に安心だと分かると僕から離れた。


嫉妬? 思えば僕は先輩との約束を早々に破ってしまったことになる。いくら不可抗力とはいえ、約束を破ったのは事実。先輩の機嫌は悪い、あまりこのことには触れないようにしよう。


「なにがあったのか、聞かせてもらえるね?」

「は、はい」


多少威圧するのも憲兵として必要な技能。僕だったらすぐ折れちゃうほど今日のメルティ先輩の圧は強い。


「覆面をかぶった2人組に追いかけられて逃げてきたんです」

「職業は? 心当たりはないの?」

「飲食店で見習いをしています。もしかしたらお客さんの中に変な人がいたのかもしれません。だけど恨みを買うようなことをした覚えはないんですっ」

「……わかったわ」


少女は可愛らしく、16歳だという。確かにこの容姿なら変な男につけ回されてたとしてもおかしくはない。


この手の事件は珍しい。僕も先輩もあまり経験がないから、少女に何を聞けばいいのか分からず、情報らしい情報は特に得られないままだった。


少女を家の近くまで送り、また巡回に戻る。






「…………」


体が妙に痛い。


ロープで縛られるような感覚。顔には布か何かが被されていて前が見えず、口には布を咥えさせられている。とても息苦しい。


「■■■■■■っ!」


記憶が飛んでいるが、思い当たるこの状況の答えは一つ。


誘拐された!!?

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