第8話




「アハハハハハハッ」

「「ギャハハハハハッ」」


ここは王都の中でも高級路線の店が並ぶ区域。その中にある酒場だ。


3人の男たちの着ている服は黒を基本としたダークトーン、そこそこに良い生地を使っている。しかし本人たちの人柄が悪く、チンピラにしか見えない。


客たちが男たちと関わらないようにしているのには他にも理由がある。それはをしているからだ。帯剣を許されるのは王族、貴族か騎士だけ。平民で構成された衛兵には許されない。


彼らはこの酒場でかなり好き勝手していた。流石に会計を踏み倒すような真似はしないがツケや強引な値引き交渉や大声を出したり、客に絡む迷惑行為を平気で行っていた。


「おっ」


そこに美女を連れた男が入店したら、まさに飢えた獣の前に生肉を放り込むようなものだ。


「おー、にいちゃん。いい女連れてんなぁ」

「オレたちの酒の相手をしてくれよ、へへっ」


わざとらしく、剣をチラチラと見せつける無法な男たち。


女はため息をつき、男たちに近寄る。男たちは下種な笑い声を上げ美女を迎え入れる。それがハニートラップだと気づかずに。


「グエッ!?」

「「……!!?」」


男のうちの1人がカエルがひき殺されたような汚い声を上げる。明らかな苦痛の声に他の2人が動揺する。


女の連れが男たちに殴りかかろうと迫る。男たちは応戦する構え。もちろん何かをした女にも注意を払う。しかし男たちを実際に襲ったのは別の男たち。遠巻きに見ていたはずの客の何人かが騎士たちに襲い掛かった。


「————逃げるぞ」


誰かがそう言ったのを合図に騎士に襲い掛かった者たちは全員逃亡した。暗い店内、酔った客たちばかりで誰も襲撃者の顔を覚えていなかった。






時は少し遡る。ティルモが従者に連れてこられた場所こそがあの酒場だった。店内は昼間だというのに薄暗い。しかし倉庫のような場所ではなく、高級感のある拵え。夜にはキャンドルの灯りで更にムーディーな雰囲気になるだろう。


昼間だというのに店内には他に客がいた。そのうちの1人が従者に向かって手を上げる。


「そいつが今回の役者か?」

「……ああ」

「?」


ティルモはピンときていない様子だったが彼には成り行きを見守るしかない。いくつか従者と男とのやり取りをしたのち、ようやくティルモに話が振られた。


「俺たちは今晩、とある男を襲う。お前にも協力してもらう」

「……殺すんですか?」

「今回はその必要はない。お前は殺しにかなり抵抗があるようだな」


そんなの当たり前だ、とはティルモは口にしないが表情からそれを簡単に読み取ることができた。従者たちはやれやれといった表情だ。それを見たティルモはさらに表情を歪ませる。


はこの甘ちゃんを仲間に入れるのは賛成か?」


店内の全員に聞こえるような大きな声。いきなりのことにティルモは動揺する。無関係だと思った離れたところにいた客、店員たちが一斉に近寄ってきた。つまりはここにいる全員が今回の仕事の関係者。


「オレたち庶民に殺しの話を持ちかけられても困りますね」

「目の前で誰かに暴力を振っているやつらがいれば、もしかしたらということはありますが、平民なんてそんなもんですよ」

「むしろその衛兵さんは表情に出るだけの正義観があるんでしょうね」


協力者たちのほとんどがティルモと同じ平民なようだ。そして口にはしないが『ならお貴族様は必要とあらば殺すのに抵抗はないんですよね、こわいね』と顔に書いてあった。一同は賛成を表明し、このように一言ずつ添えた。


「……わかった」

「さて本題に入ろう。この酒場に入り浸っているとある騎士を襲う。そしてする」

「「「無力化?」」」

「そうだ。そこがこの計画の核だ」

「なぜ殺すのではなく無力化なのかといえばそれは奴がの端くれだからだ」

「「「???」」」


貴族の従者たちが話す内容はこうだ。クーデターのとき、邪魔になる腕の立つ騎士が何人かいる。そのうちの1人を排除する計画。


なぜ無力化が有効なのかといえば、今回成功したように腕の腱を切り、腕の機能に障害を負わせたとき。貴族である彼が取る行動はそれを『隠す』だ。


彼は剣の腕で名誉男爵にのし上がった法衣貴族。もし腕が使えないと知られれば現在のポジションにはいられなくなるだろう。貴族は見栄を張る生き物だ。自分から恥を晒すような真似をする人物はいない。


「だから遠慮なくボコボコにしろ。腰に下げた剣は多人数で掴み掛かれば役に立たない」

「確認なんですけど、襲うのってあのガラの悪い3人組ですか? いつも剣を見せびらかすように持ってる」

「今夜、俺たちが確認をするがおそらく想像するやつらで合っているだろう」

「俺たちからもお願いしたいですっ。マジで迷惑なんで。注意しても出禁って言っても逆ギレするような奴らなんです」


そこまで言われると見知らぬ人間を殴る罪悪感というものが薄れるというものだ。一同は、ならやってやろうかと腰が引けているものはいなくなった。


「さて、では詳細について詰めていこうか。メアが今回の主役だ」

「はい」


ティルモは気にはなっていた。店に入った時に従者に手を上げて招いた男、その隣に最初から座っていた女性だ。ほとんどの人間が美女というほどの美貌の持ち主。そんな彼女に話を振られる。


「ワタクシがある程度決めても?」

「問題ない」


見た目によらず低い声……どこかで聞いたことがあるような? ティルモは何か引っかかりを覚えた。


「じゃあティルモ君と仲良く店に入ってこれば絡まれると思うから、あとは流れで」

「え?」

「よろしくね。今度はワタクシに欲しいな」

「あ……」


こいつあのときの監禁犯だ、とティルモは気づいた。女はティルモに絡む気満々なようだ。

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