第13話
「……あの旗は間違いなく王国軍ね」
「…………」
いくつもの領地と街を通り、ティルモとメアは最後の目的地に到着をした。遠くから様子を伺い、平原で野営する軍勢を観察する。旗はもちろん、今はどのような状況かを見極めるのも重要だ。タイミングが悪ければ争いに巻き込まれたり、敵兵と見られたりするからだ。
ティルモはこの旅でなにもしていない。手紙を渡すのはメア、自分は留守番しかしていない。ならせめて、最後くらいは自分も一緒にと強く願った。
メアはティルモの願いを受け入れた。それにこの旅で彼のことがよりいっそう好きになった。彼女にとってそれは異性の人間らしい面を好きになるというはじめての経験だった。旅に慣れない彼の戸惑う姿も庇護欲をくすぐられた。任務で役に立てていないという後ろ暗さなんて、メアにとってはどうでもいいことであった。
「!」
メアは無言でティルモの手を握り見つめる。ティルモはその手を握り返す。少しだけ震えているのに気づいて、とっさにそうしたいと思ったからだ。
2人はしばらく見つめ合ったのち、軍勢がいる野営地へ足を進める。
「頼もうっ! アシェンティモード・パッツィ侯爵から手紙を預かっている。指揮官に会わせて頂きたい!」
かのクーデターでの活躍によりアシェンティモードは侯爵家当主となった。爵位の高さが表す通り、彼は今やこの国の重鎮である。
そんな重鎮の使者である2人を追い返そうとする兵士はこの場にはいなかった。したがって面通りはあっさりと叶えられ、すぐに天幕へと案内される。
天幕に入る前、ティルモは兵士に剣を預けた。この剣はアシェンティモードから与えられたもの、つまりは騎士という身分を保証するもの。しかしこの場では身分が下の者の剣は預けるのが礼儀だ。
「「失礼します」」
「話は聞いている。長旅ご苦労だった」
鷹揚な態度の40歳ほどの男。その佇まいはこの千を超える軍勢の長にふさわしさを備えていた。メアから手紙を受け取るとじっくりとそれを読み、口を開いた。
「……わかった。ところで聞くが、ダベルとアレイの街にいた領主は元気にしていたか?」
「いいえ。風邪を引いていたのでお薬を持っていきました」
「賊が出たぞっ!」
「なっ!!?」
指揮官は剣を抜き、後ろからは兵士が走ってくる音が聞こえる。ティルモは突然のことに固まってしまう。
誰よりも早く動きだしたのはメアだった。袋から何かの粉を取り出し、指揮官と天幕に入ってきた兵士たちの目に浴びせる。
「「「ぐあっ!!?」」」
目つぶしをされた指揮官たちの足にメアはナイフを刺す。
「早くっ」
「!!」
短い言葉の意味を察したティルモはメアと一緒に逃げる。ドタバタと通り過ぎる兵士の気配、メアは天幕の陰を上手く利用しどんどんと外へ向かう。
野営地は蜂の巣をつついたような混乱だった。指揮官たちは生きている。ただし動けないために喚いて、その命令を実行しようと兵士が混乱しているのだ。
メアはその隙を利用し、馬が繋がれている場所まで移動する。ティルモは後ろを気にしながら必死に彼女についてきた。
「どうするつもりだ?」
「…………。こうするのっ」
メアは馬を繋ぐ縄をどんどんと切る。訓練された馬は縄を切ってもその場に留まり続ける。
その中の一頭を選び、少し離れたところに繋ぎ、他の馬をナイフで軽く切った。馬たちは暴れた、ナイフで切っていない馬も他の馬が興奮するのを見て暴れ始めた。
これだけの騒ぎだ、兵士が3人駆けつけてきた。メアはその気配を察し、物陰に隠れて2人を素早く仕留めた。兵士たちはティルモの方ばかりを見ていて不意を打たれた形だ。
ただし残る3人目は簡単にはやられない。剣とメアのナイフでは流石にメアは防戦にまわるしかない。
ティルモは死んだ兵士の剣を拾って参戦する。彼の心は一連の騒動で大きく揺らいでいたがこの瞬間はメアを守りたいと強く願った。
2対1。あっさりとメアが隙を突き、兵士は倒れた。
メアが選んだ馬は暴れずに大人しくしていた。その馬に乗ってメアとティルモは野営地を出た。
メアの攪乱は上手くいったようだ。1000人の軍勢を敵にしたのに追手は100メートルほど後ろから追いかけてくる兵士4人だけだ。
「……でもそのうち追い付かれる」
こちらは馬に2人乗っている。長距離を進めば馬が先に疲れるだろう。メアは馬を捨て、森に逃げることに決めた。
「ごめんね、巻き込んで」
「…………」
大丈夫という言葉をティルモは口に出せなかった。森へ逃げ約1時間、もう兵士が追ってきている気配はない。
「休もう」
「うん」
ティルモたちはようやく腰を落ち着け、心を静めることができた。長い溜息ののち、大きく息を吸い、ティルモは自分の心に問い掛ける。
羨ましいと思ってこの任務を受けた。だが旅の道中では何の役にも立たなくて自分の無能さを思い知らされた。そして最後には貴族に裏切られた。
危険がある旅なのは最初から分かっていた。そこに飛び込まないと自分が嫌になると分かった上での決断だ、後悔はない。
じゃあ自分にとってメアはどんな存在なのか、ティルモは彼女を見つめる。
「メア、怪我をしてるじゃないか」
「大丈夫、かすり傷よ」
「服を脱いで。手当をするから」
「ええっ!?」
戸惑いながらも恥ずかしそうにメアは服を脱ぐ、わき腹に切り傷、おそらく長時間の逃亡で傷が開いてしまったのだろう。命の危険はないがその傷は痛々しい。
「…………」
「ちょっと、なに泣いてるの!」
ティルモは涙を流していた。その顔を見たメアは彼がとても愛おしくなり、優しく抱擁する。ティルモはそれを受け入れた。
「ズッ……。早く手当しないと」
「大丈夫。もうちょっとこうしていたいなぁ」
ティルモとメアは結ばれた。彼らは国から追われる逃亡者になった。
文明がそれほど発達していない世界だ。山を伝い、他国へ渡り、彼らはそこで家庭を築いた。メアは平凡な幸せを、ティルモは守るべき大切な家族を手に入れ天寿を全うした。
あとがき
ヒロインB——②エンディングって感じですね。
ちなみに私は物語の終わり方はベタベタな王道が好みです。ただしそこまでの道のりにかなりの紆余曲折があってというのが前提です。終わり自体はどっかで見たことのあるのでもいいと思っています。
つまりは今回は消化不良。自分の中でもまだまだ課題が山盛りってことです。
次回作はハリーポッター的なものと近況ノートでは書いていましたが独り語が多い異世界レベリング系の話にしようと思います。
今回は展開がサクサク、構想はそこまで練らずにポンポン書いていました。次回も同じように書いていこうと思います。ただし独り語の部分のボリュームに気を付けるということを意識します。
毎回テーマを持って書いていこうと思います。ちなみにこれを書いたのは5月21日のことです。
おっぱいで回復することは誰にも言わないでください みそカツぱん @takumaro123
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます