第5話
「この恥さらしがっ!!」
「うぐっ」
任務中に誘拐され、体調がある程度戻り僕は仕事に復帰をした。しかし待ってたのは上司による折檻だった。
この上司は現場を纏める衛兵長ではない。貴族だ。
ヌドゥール男爵、この国では省庁の部署ごとに貴族が配置される。とはいえその多くは実務を何もしない、書類も書かない。ただ何かあれば文句を言い、気に食わないことがあればこうして理不尽に暴力を奮うだけ。
ヌドゥールの拳は何度も僕の頬や腹を打ち、僕が倒れれば、蹴りを入れる。
僕を含め、周りの同僚はヌドゥールの理不尽さを嫌っている。皆は表情に出さないようにしているが、歯や拳に力が入っている。
僕らは貴族の理不尽という嵐が過ぎ去るのをただ待つしかない。最初は上司ならば庇ってくれと衛兵長や先輩たちに思ったものだが、今では新たな燃料を投下するようなことこそ避けるべきと考えを改めた。
この男は小太りなせいか、この癇癪のような暴力は長続きしない。今回も疲れを感じたのか「ふんっ、下賤な輩が」と吐き捨て、詰め所を後にした。
「……すまなかった」
「衛兵長が謝ることではありません」
「しかし、任務中に襲われて攫われた上、それを責められるなど嫌になるだろ」
「嫌な気分ですけど…………次、誰かがこんな目に遭う方が多分もっと嫌な気分になると思います」
やはりあのとき僕は不意打ちを食らってしまったらしい。メルティ先輩が応戦したのだけれど、僕の意識が飛んだ状態で1人。犯人たちは4人だったそうだ。
普通に考えて、その状況では勝ち目がない。自分も捕まるより、逃げることを選んだのは当然といえるだろう。先輩はそのことを気にしていて開口一番謝られた。それは仕方がないと僕が言っても、彼女は謝り続けた。
メルティ先輩は悪くない。むしろ、油断していた僕の方が悪いのだ。普通の街中だと思って周囲に気を払えていなかった自分が情けない。
先輩は僕の捜索を必死にやってくれた。その姿に他の同僚は感化されたのだとも聞いている。
「少なくとも巡回中にこのようなことがないように対策をしなければな」
「ティルモじゃなくても誰だって気を抜くことはある。むしろ1日中気を張っているなど人間には無理だ」
「部分的に3人で巡回ができないかしら?」
「それならばできるだろう。報告書を元に事件が起きやすい施設、地区、時間帯を割り出してローテーションを考える。この前も休憩で人が減ったところを強盗に襲われたからな。ただしそれを組むのが大変だ。お前らも賛成した以上手伝ってくれよ?」
「「ええっ!?」」
「犯人を取り押さえるよりも書類仕事の方が苦手かも」
「「わはははっ」」
いい雰囲気で今後のことについて話し合うことができた。ただし誰も貴族のことについて口にはしなかった。
ここにはほとんど来ることがないヌドゥール男爵以外にも街中のトラブルで貴族が出てくることは多い。そうしたら衛兵とはいえ、平民の僕たちができることはない。嵐が過ぎ去るのを待つように、じっと耐えることしかできないのだ。
そんな理不尽の塊が僕を訪ねてくるとはこの時は夢にも思わなかった。
「貴様がティルモか?」
「……はい」
従者を2人連れた若い男は馬車で詰め所に表れた。そこへ呼び出された僕は遠目でしか見たことのない立派な馬車に圧倒された。
身に纏うものが見るからに上質。従者の服装からしてヌドゥール男爵かそれ以上のもの。その主と思われる若い男の装いと風格はもはや異質だった。
そんな男が僕をじっと観察をする。まるで生きた心地がしない。威圧するわけでも嫌らしさも感じないが、強大な捕食者を目の前にした虫のような心細さを感じた。
「なるほどな」
「アシェンティモード様、本当によろしいのですか?」
「ああ」
何がよろしいのだろうか。僕の話なのに意図が分からず不安になる。従者は不機嫌そうを睨んでくるし。
「ティルモ、貴様を我が配下に置く」
「……………………っ。……はい」
グッと叫びたい気持ちを飲み込んで、小さく『はい』という返事をした。
配下っ!? 一体僕に何をさせようというのだ!?
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