第10話
「あの女、本当にわずか2日でここまで民衆を動かすとはな」
「ああ、本当に良い拾い物をしたよ」
メルティが酒場に乗り込んだ夜、彼女は大見得を切った。万を超える大衆をクーデターに協力させ、民意をも得た正当なものにしようと謳った。
そしてその協力の意思を受け入れた人々は黄色の布を分かりやすい位置に身に着けることを約束した。後の歴史でその民衆を黄巾衆と呼ばれ、メルティの名は立役者の一人として刻まれることになる。
メルティは商家の娘だ。衛兵の見回りで実家の周辺の商店、市場はもちろん他の地区の商家にも不安や不満の聞き取りをする。だから人気がある。黄色い布を身に着けてもらうことは簡単に受け入れられた。
他の詰所の衛兵たちにも人気があるメルティは、衛兵たちにも協力を取り付ける。そして衛兵たちはスラム街の人々に黄色い布を配る。
『貴族に、今の社会に不満のあるものは頭や首、腕に黄色い布を巻け』
あからさまな叛意でも数日ならば鈍感な貴族でも気づかない。黄色い布の広がりは爆発的に広がった。2度の夜が明けた頃には街は黄色に染まっていた。
「明日決行だ」
またあの酒場に集められたティルモたちはアシェンティモードの前にいた。決起集会というやつだ。
「気づいていると思うが、私の他にも何人かの貴族、正確には若い貴族家の嫡男が今夜このような場所で決起集会を行っている。しかし鈍感で腐った貴族どもは今頃、暢気にパーティーでもしているだろう。私たちは諸君ら多くの協力を得て、作戦を決行することができる。ありがとう」
並べられているのは多くの料理。ニンニクが効いた高級品ばかりだ。アシェンティモードはあとは皆で楽しむといい、と言い残し去っていった。
そうなれば平民しかいないこの場はどんちゃん騒ぎの会場だ。とはいっても今日は酒は1杯までと釘を刺されている。
「いよいよ明日ね」
「最初話を聞いたときは街を黄色に染め上げるだなんて疑いましたよ」
「どう、かっこいいでしょ?」
「惚れ――――」
「ストーップ。いい雰囲気にはさせないわよー」
「「メア!?」」
店内は騒がしく、メアが近くにいたことに2人は気が付かなかった。メアはメルティが初めてこの酒場に来たときは存在感がなく、様子を伺っていただけだった。そして今は2人の雰囲気が良くなったところで邪魔をする。
「わかってるー? もしこれでティルモ君が告白なんてしちゃったら死亡フラグってやつだよ?」
「「…………」」
死亡フラグ。劇や小説などの物語でありがちな特定の展開のことを指す言葉を2人は知っていた。しかしそれで良い雰囲気をぶち壊すメアはとんでもない女だと思った。メルティは静かに怒っている。
「それで? ティルモ君の顔見知りのメアさんは何の用かしら?」
「顔見知り、ふふっ。その通りだわ。メルティちゃんはすごく活躍してかっこいいところ見せたもの。でもワタクシだってすごいんだから」
「メアは何が得意なんです?」
「あ・ん・さ・つ」
「……僕たち一応衛兵なんですが?」
「アシェンティモード様に雇われてる暗殺者なの」
「うーん」
逮捕は無理そうだ。
「じゃあなんでティルモ君に構うの?」
「メルティちゃんの目の前からティルモ君を奪うのが楽しそうだから」
「ちっ」
メルティが肘をメアに入れようとするがそれは軽く捌かれた。女同士の争いで両者の間には火花が散る。
「見ての通り、ワタクシは強いし、殿方を骨抜きにするくらい色気もある。やろうと思えばメルティちゃんなんて簡単に捻れるわ。でも……」
メアは表情に少し影が差す。
「ティルモ君って普通の人でしょ。それといい人。ワタクシって昔から騙したり、殺したりで裏のある人しか周りにいなかったの。だから普通の恋愛がしてみたいなって」
「……わかったわよ。なんかその顔、毒気抜かれちゃうわね」
ティルモとメルティとメア、奇妙な3人の人間関係ができ、決行前夜は更ける。
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