第6話 二人合わせて少年探偵団……って、ボクは認めてないからね!

 佐久間に連れられて、ラーメン雪だるまを訪れたのが、先週のこと。

 そして昨日の夜佐久間から電話があって、嫌がらせをしていた犯人が捕まったと聞かされた。


『小林の作戦が、上手くいったんだってよ。おじさん、スゲー感謝してたぜ』


 電話越しでも、佐久間の興奮した様子がよくわかった。

 けど、大したことはしていないよ。

 犯人が常連客の中の誰かで、雪丸さんから情報を聞き出しているのだとすれば、必ずまた話を聞いてくるはず。

 そこで、ウソの情報を流してみたらどうかって、提案したんだ。


 何月何日は家を空けるから、その日は心配だ。

 警察にもこれ以上頼っても迷惑だろうから、打つ手が無いとでも言っておけば、犯人はそのとき犯行を行うかもしれないってね。

 そして隠れて待ち伏せしていれば、やってきた犯人を取り押さえられる。

 そして本当は警察に頼らないどころかバッチリ相談して、この作戦は実行された。


 佐久間の熱弁によると当日の夜、こっそり店の中に数人の警官を待機させていたら狙い通り、怪しい男がペンキの入った缶を持って店の前に現れたという。

 どうやら今度は店をペンキまみれにしようと思ったみたいだけど、中に隠れていた警官がすかさず飛び出して、慌てた犯人は逃げることも出来ずに、そのまま御用。

 それが、この事件の顛末だそうだ。


 そして今日、ボクと佐久間はお礼をしたいという雪丸さんに招待されて、ラーメン雪だるまを訪れていたんだけど……。


「……それじゃあ、無事に犯人は捕まったんですね。良かったあ」

「ああ、小林君が作戦を考えてくれたおかげだよ。だけど本当に良かったのかい、君のおかげで捕まえられたって、秘密にしても?」


 前と同じ貸切の店内で、カウンターの奥から聞いてくる雪丸さん。

 そう、ボクは作戦を立てたとき、自分の名前を出さないでほしいとお願いしていたんだ。


「はい、別に有名になりたいわけじゃ無いですから」

「お前欲ねえなあ。作戦考えたのが小林だって言ったら、もしかしたら新聞に載ったかもしれないのに」


 佐久間は不満そうだけど、そんな簡単に新聞に載るかな?

 そしてもし載ったところで、騒がれるのは好きじゃないもの。

 これでよかったんだよ。

 それに……。


「雪丸さん、捕まったって犯人ってやっぱり……」

「ああ、うちの常連客だったよ。春に高校を卒業した男の子だった」


 そっと目を伏せる雪丸さん。

 犯人が捕まっても真相がこれじゃあ、とても浮かれてなんていられない。

 これにはさっきまで軽口を叩いていた佐久間も真剣な顔をする。


「そいつ、どうして嫌がらせなんかしたんだよ?」

「そうだね。君たちには、やっぱり話しておくべきだろう。実は彼、大学受験に失敗してね。浪人中だったんだ。一生懸命勉強したのに、ダメだったって、随分と落ち込んでいてね」


 浪人生か。

 小学生のボクらにはよくわからないけど、きっと相当ショックだったんだろうなあ。そういえば、事件が起き始めたのは四月の始め頃だったっけ。

 もしも大学に受かっていたら、入学の時期だ。ひょっとして、何か関係があるの?


「そんな彼を見て、おじさんは言ったんだよ。一度失敗したからといってくよくよすることは無い。そんなこと気にせず、次にまたがんばれば良いって」

「そうだよな。オレ、受験とかまだ全然考えてねーけど、落ちてもお終いってわけじゃないもんな。勉強し直せば、何とかなるんじゃねーの?」


 あっさりとそう言う佐久間。

 中学受験なんて考えていない佐久間は、きっとまだまだ実感がわかないのだろう。

 ボクもそれは同じだけどね。


「そう、失敗しても終わりじゃない。だけど彼は、そうは思わなかったんだ。そして彼にはおじさんが言った言葉が、ひどく無神経に思えて、腹が立ったそうだよ。『お前にオレの何が分かる』ってね」

「そんな⁉」

「何だよそれ⁉」


 これにはボクも佐久間も、そろって叫んだ。

 常連客ってことは、その人も雪丸さんと親しかったはず。

 なのに気を使って掛けてくれた言葉を、そんな風にとらえてしまうだなんて。


「まさかそれで腹が立ったから、あんな嫌がらせを?」

「そうらしいね。初めはほんの、イタズラのつもりだったみたいだよ。だけどだんだん楽しくなって、エスカレートして。おじさんはお喋りだからね、小林君の言った通り、聞いたら事件の事を簡単に話すものだから、やり易かったみたいだ」

「けどさあ、おじさんを恨むのはどう考えても間違ってるだろ。悪気があって言ったんじゃないのに」

「うん。もちろんおじさんも、彼を傷つけるつもりはなかった。けどね、他の人にとってはなんでもない事でも、その人にしてみれば深い傷になる事だってあるんだよ。それこそ、人を変えてしまうくらいにね」


 遠い目をする雪丸さん。

 佐久間の言ったように、気にさわったからって、あんな嫌がらせをするなんて間違ってる。

 そんな動機、さすがに推理できなかったよ。


 けどボクは少しだけ、その人の気持ちが分かる気がした。

 だってボクにも、コンプレックスがあるから。


 もしも軽い気持ちで触れられて、「そんなこと」とか「気にするな」なんて言われたら、傷ついてしまうかも。

 たぶん犯人もそんな、触れられたくない部分に触れられて、それでおかしくなっちゃったんじゃないかなあ。

 もちろんだからといって嫌がらせしていい理由にはならないし、雪丸さんが悪いわけでもないけどね。


「こっちの動きが筒抜けだったのも、おじさんがベラベラ喋ってたからだし、口は禍の元だよ。親しい中にも礼儀ありって言うし、もしかしたらお客さんとも話すのは控えた方が良いのかもしれないな」


 ため息をつきながらそう言った雪丸さん。だけど。


「それは……違うと思います」


 ボクはおずおずと口を挟む。


「この前ラーメンを食べながら、雪丸さんと話をして、凄く楽しかったですから。ラーメンが美味しかったのももちろんありますけど、誰かと話をしながらご飯を食べるのって、楽しいと思うんです。だから……」


 ボク、喋るのは苦手。

 だけど話すのが嫌いなわけじゃない。

 家で一人で黙ったまま食べるよりも、雪丸さんや佐久間と話をしながら食べた方が美味しくて楽しかったから。

 話さない方がいいなんて、言ってほしくなかった。


 すると雪丸さんも佐久間も、ふっと笑顔を見せる。


「ありがとう小林君。そうだね、気をつけた方が良いけど、さすがに話さない方がいいは、言い過ぎだったかな。一度失敗したからってくよくよすることは無いって自分で言ったのを、忘れていたよ」

「そうだよおじさん!小林、良い事言うじゃないか」


 バンッと背中を叩いてくる佐久間。もう、力強すぎだよ。

 だけど痛くても不思議と、悪い気はしなかった。


「さあ、事件の話はこれで終わり。ご飯でも食べようか。二人とも、何でも好きなものを注文するといいよ。事件を解決してくれたお礼に、ご馳走するから」

「本当おじさん? じゃあオレ、今日は麻婆豆腐が良い!」


 前回と同じく、遠慮なんて言葉をしらないみたいに、注文をする佐久間。

 対してボクは、ボクは……。


「チャーハンをお願いします」

「あいよ。ちょっと待っててね」


 この前佐久間が食べていたチャーハン。

 実は美味しそうだったから、食べてみたかったんだよね。

 ほどなくして佐久間の前に麻婆豆腐が、ボクの前にはチャーハンが運ばれてきて、二人ともレンゲを手に取る。


「これも食べるといいよ。サービスだ」


 そう言って雪丸さんは、焼きたての餃子を差し出してくれた。

 佐久間はすかさず箸を手に取り餃子に伸ばして、ボクもチャーハンを頬張りながらお礼を言う。


「あ、ありがとうございます」

「ははっ、遠慮することは無いからね。これはお礼なんだし。小林君も男の子なんだから、もっとたくさん食べなさい」

「………え?」


 瞬間、凍りついたようにボクと、それに佐久間の動きが止まった。

 そしてボクはジトッとした目を、トナリに座る佐久間へと向ける。


「……佐久間」

「あー、ゴメン。言ってなかった」


 気まずい表情をしながら、箸から餃子を落とす佐久間。

 一方雪丸さんはボク達の様子がおかしいことには気づいたみたいだけど、その原因までは分からないようで、困惑の表情を浮かべている。

 ボクはそんな雪丸さんに、ぺこりと頭を下げた。


「すみません、まだちゃんと自己紹介をしていませんでした。ボクの名前は、小林綾香。ええと……女子です」

「……えっ?」


 驚いたように固まる雪丸さん。

 どうやらボクの事を男子だと誤解していたみたいだけど、ボクはれっきとした女の子だ。


 けど別に、雪丸さんが悪いなんて思っていない。

 悪いのは……。


「おじさん、気にしなくていいよ。小林、自分の事を『ボク』って言ってるし、スカート履いてるところなんて見たことねーし。間違えるのも無理ないって」


 慌ててフォローする佐久間だったけど、ボクはその言葉にカチンときた。

 確かにそれもあるかもしれないけど、誤解を生んだ最大の原因はきっと……。


「佐久間! そもそも君がボクの事を、『小林少年』なんて言ったから、間違われたんじゃないの? 少年ってなんだよ少年って!」

「お、オレのせいかよ?」

「どう考えたってそうじゃないか! だいたい君は、いつもいつも……」


 三人しかいない店内に、ボクの説教が響く。

 雪丸さんは「ゴメン、おじさんが悪いんだ」と言っているけど、一度火がついたボクは止まらない。

 佐久間! 今日という今日は、しっかり反省してもらうからね!




 小林綾香、10歳。

 佐久間恭介、11歳。

 共に普通の小学5年生。


 佐久間は「二人合わせて少年探偵団だ」なんて言ってるけど、ボクは認めてないからね!



 おしまい♪




 ※お付き合いくださってありがとうございました。

 話の続きは書いてあるものの、粗が多かったため公開できるのはここまでとなっています。

 ボリューム不足ですみません。

 このお話の前日談となる番外編。小林が佐久間に名探偵と呼ばれるきっかけになったエピソード0なら何とか見せられるのですが、需要あるかなあ?


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参上! 朝霧小学校、少年探偵団! 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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