第12話
「ルゥ」
名前を呼ばれた。懐かしい声だった。忘れられない声だった。
振り向いた先にいたその人の姿に、涙が溢れた。舞台に集まる光の全部がその人を照らし出しているのだろうか、ひどくまぶしい。目の前が歪んで、優しい笑顔がちゃんと見られない。
ゆっくりとその人が近づいてくる。大きな手のひらがルゥの小柄な身体を抱きしめた。ゴツゴツした働き者の懐かしい手が、かつてのようにルゥの頭を優しく撫でた。
「ルゥ、名付けを」
「レスト、でも、こんな、そんな――」
名前はいくつも考えていた。考えていたけど、こんなの完全に予想外だ!
「どうしてこの人の姿で竜の子が生まれるんだよ!?」
「『このひと』が俺の名か?」
「違うよ! リグレット! ……あ」
「そうか。リグレットか。良い名をありがとう、ルゥ」
「あー……ちなみになんだが、ルゥ。その人と君の関係を教えてくれないか?」
「――……父さんだよ! なんで父さんの姿で竜の子が生まれるんだ!!!」
せめて違う名で、と改名をお願いしたら悲しそうな顔をされてしまった。仕方がないからそのまま通した。……正直、落ち着かない。リグレットと呼んでくれと言われても、なかなか呼びにくい。取りあえずは、愛称としてリグと呼ばせて貰うことにした。
「父さんって呼んじゃ、だめかな」
「その前に、お話ししなくてはならないことがあります」
もう話しても良い頃合いだと思いますから、と前置きをして、リグレットはルゥに自身の出自にまつわる過去を話してくれた。
ルゥは、リグレットが仕えていた貴族令嬢ととある高位貴族令息との間に生まれた子なのだ、と。リグレット自身は身分がそこまで高くないが為詳しい事情は教えて貰えていなかったが、ルゥの母は家族からも相手の男性からも出産を反対され、それでもルゥを諦められず、隣国に逃れてルゥを出産したのだそうだ。
しかし産後の肥立ちが悪く、また貴族令嬢としての生活からはかけ離れた貧しい暮らしに身も心も疲弊したことも重なり、あっけなくこの世を去った。
リグレットは初めルゥを母親の生家に届けようとしたが、元同僚から内部の事情を聞き、我が子として養育することを決意したのだそうだ。
「母君はあなたの父君を、そしてあなたを、心から愛していらっしゃいました。諸々の事情から父親としてあなたをお育てしましたが、本来ならば、あなたは俺にとって主家の仕えるべきお方です。父と呼ばれるなど、身分的に許されません」
ましてあなたを置いて先に死ぬ不甲斐なさ、お詫びのしようもありません、と頭を下げられ、ルゥは違うよ、とかぶりを振った。命懸けで僕を守ってくれたんだよ、と。そう告げればようやくリグレットは安堵したように笑って、ルゥの前に跪いた。
「もしも許されるならば、竜の子として新たに得た命すべてを捧げ、あなたにお仕えすることをお許し下さい」
「………………うん。いっしょに、いてくれるなら」
「何をしょぼくれてるんだい?」
「……レスト」
「大好きなお父さんと再会だろ? もう少し喜んだらどうだい?」
「……ねぇ、レスト。竜の子って、一体なに」
「さぁ? 竜の子は竜の子だろう?」
「レストはルコラ――大好きだった女の子。レストの先代さんは猫――大事にしてた飼い猫だっけ? その前の人は自分に瓜二つの性格は真逆な子。他にもいろいろあるよね。何か法則性があるのかな」
「これは私の仮説なんだけど、多分――多分ね、竜の子は、花嫁にとってそれまでの人生で『一番大切な存在』の姿をとるのだと思うよ」
「……『一番大切な存在』?」
「私はルコラなのに、先代は猫だったろう? だから結構悩んだんだよ、これでもね。私はルコラのこと、愛玩動物みたいに思っていたのか、とか、先代が猫だったのはなんというか所謂動物をそういう目で見て愛するタイプの人だったのか? ……とか」
「それは先代に大分失礼な考えだったのでは……」
「いやいや、だってホラ! 私はルコラのことが、そういう意味で好きだったから! でもね、でもだよ!? それだと他の花嫁達のにも微妙に齟齬が出るって言うかね。だって死んでしまった自分の子を産み直した花嫁だっていたんだ。だからこその、『一番大切な存在』だよ」
「でも、それって……すごく……」
「うん。竜の優しい残酷さ、だよね」
「やさしい、ざんこく……」
「人にとって100年は長いだろ? その年数を共に過ごすなら、愛しい存在と寄りそうほうが得体の知れない異形と暮らすより過ごしやすいだろ? でもさ、あれらはあくまで『竜の子』で、愛しい存在の姿をして、記憶も多少持っているのに、性格は全然違う別物なんだ。それに気が付いた時には結構ショックだし、そういうものを宛がってくるというのは、なんと言うか、傲慢で残酷だなって」
100年が瞬き1つする間、って言ってたもんな、ルコラ。多分、本物のルコラだったらそんなことは言わないのだろう。
なら、あの父さん――リグも、あの父ではないのだ。あの父が甦ってきてくれたわけではない。彼はやっぱりあの時あの場で死んでしまって、永遠に失われたままなのだ。
姿が同じだから。記憶があるから。戻ってきてくれたような錯覚を覚えていた。
けれど、違うのだ。
「ありがとう、レスト。意識切り替えられるよう、がんばる」
「うん。無理はしないように。……――それとね、ルゥ。私は自分の、この先の身の振り方を決めたよ。君にも聞いてもらって、賛成して貰いたい」
そう言うと、レストはまるでとびっきりのイタズラを思いついた小僧のような顔でにっかり笑った。
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