第4話
「わ、わたくしは……」
「まぁ急にこんな話をされても困るよね。ただまぁ、私が言いたいのは、ここはあちらの世界とは違うからさ。花嫁としての義務さえ果たせば、あとは好きにしてて良い、が基本的な方針なんだ。先代から受け継いだのはそれだけ」
「…………」
「君がどんな事情を抱えているのか、私は知らない。ついでに言うなら、どんな事情を抱えてても別に良いと思ってる。何しろ私自身が王女の身代わりになった花嫁だからね。外では違う風に伝わっていたみたいだけど」
それは、そんな風に話しても良いことなのだろうか。
疑問は視線に出ていたのだろう。彼女はうんうんと頷きながら「勿論良いに決まってるよ。何しろ、私も君も、もうここから出ることは出来ないんだからね」と言った。
……出られない?
「あれ、聞いていなかったのかい? 結界は1度入ったらもう2度と出られないんだよ。……ということになっている」
「ということになっている?」
「実際は出られる。ただし、花嫁としての役割を終えた後ならだ。とは言えそんなの100年後だし、出た後はすぐに寿命で死んでしまうから出る人はそこまで多くもない。つまり、出られないみたいなもんだ。だから姫はお付きとして付き従っていた貴族の娘を自分の身代わりに放り込んだんだよ。魔力なんてほんの少ししかなかった、花嫁にはなり得ない少女だったのに」
「…………それが、あなた?」
「いいや。それは私の幼馴染みだ。彼女はこの世界に放り込まれて、本意ではないながらも竜の子を腹に迎えようとして、出来なくて、死んだんだ。結界が壊れたという話を聞いたことは?」
「あり、ます」
「実際は壊れたっていうのは言い過ぎで、ヒビが入った――壊れかけた、というのが正しい。写し身と花嫁が諸共に死んだから、結界に影響が出たんだ。ただ、結界に異変が現れて、国は大層慌ててね。改めて花嫁として姫を送り込もうとしたんだけど、姫があがいてね……いやぁ、ひどかった」
レストはくつくつと肩を揺らして笑った。何がそんなに愉快かよく分からないけれど、心底楽しそうだった。
王女には恋人がいた。彼と添い遂げたいがために、王女は必死で抗った。権力を振りかざし、身代わりを求めた。そうして白羽の矢が立ったのがレストだった。
なお、当時レストには婚約者がいた。なんと王女の恋人は、その男だった。
「腹が立ったから王女とそいつをぶん殴って、私はここに駆け込んだ。幼馴染みが死んだのもこの場所だったし、同じ場所で死にたくて。……それなのに、うっかり腹にこの子を授かり、花嫁になってしまったのさ」
結界は復活し、無事花嫁の引き継ぎも終わった。終わってしまった。
以来彼女はここで生きているのだという。幼馴染みの墓は先代が作ってくれたそうだ。きちんと丁寧に埋葬し、弔って貰ったと静かに語った。
「君からは私と同じにおいがする」
「……それは」
ペンダントを握る手に力がこもる。
子を受け入れれば適正のないルゥでは、彼女の幼馴染みが辿った道程――結界の崩壊を招くだろう。そうなれば、全てが露見してしまう。主に命は露見を避けろ……露見させたくないのならば、その前に、死ななくては――
「そのペンダントの中身は何? 毒薬でも入っているの?」
「……ッ! ど、どうして、それを――」
「なんだ、当てずっぽうだったのに、正解なんだ。取りあえず、それはこちらへ渡してくれる?」
「そ、それ、は……」
「渡して。良い子だから」
渡してはいけない。そう分かっているのに、震える手はペンダントを首から外し、彼女に向かって差しだしていた。シャラリと軽い金属音を響かせて、ペンダントが彼女の手に落ちた。
「うん。これで君は自死の手段を失った。死んでは駄目だよ?」
「でも、でも、わたくし、は……」
「言葉も元へお戻しよ。大丈夫、ここには私と君しかいない」
「……それ、は……」
ちらりと視線を動かす。レストの横で静かに佇む少女の姿をした竜は、……そう、確かに、人ではない。その観点から見れば、人間は彼女とルゥの二人きり、だ。
「……僕、主人から、死んで来いと、言われていて」
「うん」
「でも、……………………僕は、死にたくない」
身代わりの花嫁。露見する前に死ねと命じられて。ならば、死ぬのは今なのだ。死にたくはない。自死用の毒は彼女に渡してしまった。自死の手段は失われた。だから死ねない。死ぬ手段がなくなってしまったから、死ななくても。……許される? 本当に?
「君は奴隷?」
「……っ、……は、はい……」
「身体に紋が刻まれている?」
「…………はい……」
「なるほど。紋を見せて貰うこと、出来る?」
「は、はい? え? 見せ? ……あなたに?」
「こんなところに閉じ込められているからね。やれることと言ったら鍛錬と、先達が残した知識を学ぶくらいなのさ。得手ではないけど、一応、一通りの魔術は使える」
君に刻まれた紋を解除するくらいなら、多分出来るよ。
レストはそう言うと歩き出した。その先にはいつの間にか、大きな砂色の建物が現れていた。
「あそこが私の住み処。これからの、君の住み処でもある」
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