第11話

「それがどうして罪の形なの?」

「お前も多分、生めば分かるよ」


 あとはもうそれっきり。レストは疲れたように大きく息を吐くと、席をたった。残ったのはルゥと、ルコラだ。彼女はレストを心配そうに見送って、けれどいつものように彼女の後ろについて行くことはしなかった。


「行かなくて良いの?」


 尋ねれば、こくりと頷く。そうして、楽しそうにふふっと笑った。

 驚いた。いつも静かな表情をしてばかりの彼女の、こんな笑顔を見たのは初めてだった。

 内緒よ、とでも言う様に、彼女はそっと人差し指を自分の唇に触れた。その指を、レストが出て行った出口へと差し向けた。


 慌てた様子で、レストが部屋に駆け込んできた。ルコラを見ると、安堵したようにへたり込み、全身で大きく息を吐いた。


「えっと、……レスト?」

「すまない、ちょっと待ってくれ」

「いや、僕は良いんだけど」


 ルコラは楽しそうな顔を隠すことなくレストに近づき、そっと彼女の頭を撫でた。

 レストが顔を上げても、微笑む顔は変わらない。


「……許してくれるのかい、私を」

「最初から別に怒ってないわ」

「喋れるの、ルコラ?!」

「ええ。でもレストに『黙っててくれ』って言われたから」


 ルコラの言葉に、レストは愕然とした顔をしていた。自分が原因!? と顔に書いてあった。あれ? これ、レストもルコラが喋れるの知らなかった――……忘れてた?


「……なんだろう、僕、すごい長い時間をかけた壮大でどうしようもない感じの痴話喧嘩を見せられてるかんじ……?」


 ルコラがかいつまんで説明してくれた。

 生まれて間もないルコラを見て、レストはひどくショックを受けていた。彼女が愛していた人とルコラが同じ顔をしていたからだという。というか、ルコラを見て思わずレストが「ルコラ……」と呟いたからそれがルコラの名前になった。なおそれはレストが愛した人の愛称だったんだそうだ。……なんというか、色々ひどい。


 レストは自分の浅ましい想いが竜の子の姿を歪めてしまったと悩み苦しんだ。先代の竜は彼女が大切に慈しんでいた猫の姿をしてたんだそうな。そこで彼女は自分が愛していた人を愛玩動物のように思っていたのかとショックを受けた、と。


 そんなことはないと説明しようとしたルコラに、レストは言った。「黙っていてくれ」と。なので、ルコラは黙った。黙ったまま、ただ静かにレストが落ち着くのを待った。

 待ち続けた。

 けれど次第に彼女は色々暴走して自己完結しておかしな方向に突き進み始めた。次第に自分を見ないようにするようになったし、そのくせ自分が側にいないと怖がって探す困ったさんになった。

 定命の者は面白いなぁと思いながら観察した。特に飽きることはなかった。


 どんなレストでも、ルコラはいつだって大好きだったので。


「私は竜で、レストの愛した人じゃないけど、レストの中にあったルコラの記憶も貰っているから、彼女のことはよく分かるわ。ルコラもね、レストのことが大好きだったの。そして私も、レストのことが大好きよ。2人分の大好きだもの、レストの大好きなんてどうやったって私達の大好きに敵いっこないのだわ」


 子供のように泣きながら、レストはルコラを抱きしめた。

 敵いっこないなんてそんなの絶対ないんだからぁぁ! と叫んだ。




 出産の日がやってきた。

 その日は朝から、ゴーレムたちがやかましかった。相変わらずおしゃべりはしないのだが、ひたすらに動作がうるさい。「だいじょうぶ! きっと元気な子が生まれますよ!( *˙ω˙*)و 」とか、「リラックス~、リラックス~⸜(*ˊᗜˋ*)⸝」とか、「どうか無事で生まれますように生まれますように……(;人;)」など。

 あまりにも忙しなくおろおろしている彼らを見ていたら、なんだか逆に落ち着いた。


「出産とは言っても、別に股から産み落とすってわけじゃないよ」

「言い方!」

「こんなことお上品に言ったら分かりにくいだろ? ちゃんと専用の舞台があるから安心して。その舞台の上に乗って、子が生まれてくる様を想像するんだ」

「……はぁ」

「私にだって生めたんだから大丈夫! ルゥならスポーンと産み落とせるよ! きっと安産まちがいなしだよ!」

「だから言い方!」


 舞台へは、レストとルコラが2人で揃って案内してくれた。あれ以来すっかり2人は仲良しで、寄り添う様に過ごしている。仲良きことは美しいが、たまにいちゃいちゃしだすので身の置き場に困りもする。


 100年もすれ違ってて辛くなかったのかと聞いたら、にっこり笑顔で「100年なんて瞬き1つする間のようなものよ」と返ってきた。時間感覚が全く違った。


 舞台は、不思議な場所だった。竜の子を身ごもったときと同じ建物の、同じ場所――だったはずだ。10年前に1度来たきりだったとは言え、なかなか衝撃的だったから、良く覚えている。扉の向こうに広がっていた一本道があるだけの荒野は、確かにレストが言ったとおり「舞台」になっていた。


 すり鉢状に広がった客席の中央に、小さな丸い舞台があった。恐らくは、石造り。周囲の客席も全部が石で出来ていて、席数はいったいいくらあるのだろうか――恐らく数百、否、千は下らないだろう。

 あまりの光景に思わずレストに「あそこですか?」と言う様に中央の舞台を指させば、彼女は笑顔で頷いた。


 舞台へはあっさりたどり着けた。舞台の端には舞台に上がる様の小さな階段があったから、手すりにつかまりながら慎重に上った。舞台の上は光を収束する仕組みでもあるのか、ひどくまぶしく、暑かった。


 生まれるように、イメージ……イメージ……――どうやって?


 これまでの人生で出産に立ち会ったことはない。聞いた話では専用の椅子に座って産むとかなんとか――でもここにはそんなもの、ないし。

 なぁおまえ、どうやって生まれてくる? どうやったら生まれてくる?

 腹にそっと手を添えて、心で尋ねた。


 レストは、ルコラを産んだ。レストの先代は、猫だという話だ。他にも、幼子であったり、自分に瓜二つであったり、教師として師事したものだったりと、割と色々な形で生まれてくることを知った。


 ……望みが、子に形を与えるのだろうか。

 それならお前、どんな形で生まれてきたい?


 ふと、自分の手がやけに平らな自分の腹を撫でていることに気がついた。


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