第10話

 実らない恋だと分かっていた。実らせるつもりもない恋だった。

 ただ彼女が幸せでいてくれれば、それだけで十分だった。

 本当に、ただそれだけだったのだ。


 レストは幼い頃から、自分がごく一般的な令嬢とは違うのだ、ということに気がついていた。他の令嬢が興味を持つ詩や刺繍や恋の物語には欠片も興味を持つことが出来ず、剣の稽古や勇ましい戦物語を読むことばかりが好きだった。大人達のする難しい政治の話も楽しくて、始終怒られていたものだ。

 誰もがレストを変だおかしいと笑う中で、ただ1人だけ、そのままのレストを好きだと言ってくれる人がいた。幼馴染みのその令嬢は、涼やかな美貌のレストとは全く違う少女だった。綿菓子のようなクリーム色のふわふわとした巻き毛がコンプレックスで、頬に出来てしまうそばかすが悩みの種の、甘いお菓子と刺繍と恋物語が何よりも大好きな、純粋にを集めて煮詰めたような、愛らしい少女だった。


 レストは彼女に恋をした。いつから自分が抱く思いが恋だったのかは分からなかった。ただはっきりとは覚えていないような頃からずっと、彼女はレストの特別だった。

 彼女が幸せそうに笑ってくれていたら、それだけでレストも幸せだった。


 その、彼女が死んだ。突然知らされた訃報に、頭の中が白く染まった。

 他にも何か言っていたが、それ以外のことはすべてがどうでも良かった。

 その場には彼女の父と己の父、そしてレストの3人がいた。


「どうして? だって、先日見送ったばかりだわ。花嫁となられる王女殿下のお見送りに行くと、言って――」

「……その王女殿下の代わりに、己が花嫁になると、彼女を押しのけて扉の中に入ったのだそうだ。だが、神殿の者がすぐに彼女の死を確認した。大した魔力もない癖に花嫁になろうなど、本当に身の程知らずな――」

「そんなことありえませんわ! あの子がそんなことをするなんて、決して、ありえません!」


 叫んでいた。淑女らしくないと諫める脳内の声になどかまってなどはいられなかった。


「だってわたくし、あの子とお約束をしていましたの! 戻ってきたら、きっと、帝都で流行の恋物語のお話をしましょうね、って。たくさん素敵な物語を集めてくるわと、あんなに無邪気に張り切っていたのよ。あの子がわたくしとの約束を破ってそんなことをするなんて、決して――」

「現実を見ろ! 現に今! あの子は勝手に扉を潜り、その向こう側で死んだのだ!」

「お前にも王女殿下お見送りの任が回ってきた。お前はきちんと、上手くやれ」


 そもそも、彼女はレストの代役だった。本当ならば最初からレストが王女についてお見送りをするはずだったが、直前にレストが体調を崩し酷く高い熱を出したのだ。無理矢理にも寝台から起き上がり旅立とうとするレストを押しとどめ、自分が代わりに行くからと名乗り出てくれたのが彼女だった。


 それから間もなくして、再び王女をお見送りすることになった。今度は、最初から、レストが。結界の為には、花嫁が要るのだ。それも時間的に、もうそこまでの猶予もない。


 真実は間もなく知れた。

 王女は一人きりで扉に向かうのは寂しいと、レストを無理矢理神殿の奥にまで連れ込んだ。そして現れたレストの婚約者と手を取り合って、レストを扉の中へと押しやろうとしたのだ。


「あの子が花嫁になれていたら、あなたもこんな目に遭わずに済んだのにね」


 そう言って高らかに笑う王女の手を愛おしげに取っていた自身の婚約者。

 そうか、こいつらが。こいつらが、私のあの子を殺したのか。


 悟った瞬間、拳が出ていた。王女の顔面を真正面からぶん殴った。続いて婚約者の男の腹に膝蹴りを叩き込んだ。そのままうずくまった男の股間を力一杯蹴り上げた。


 そして自ら、扉の中へと飛び込んだ。



 入った先は案外居心地の良い場所だった。先代は優しくて、あの子の霊廟も彼女が整えてくれたのだと教えて貰えた。息を引き取った後の彼女の、まるで眠っているような、穏やかな姿を最後に見ることも出来た。

 二人きりにさせて欲しいと先代にお願いして、彼女と2人にしてもらった。

 ずっと君が好きだったよ。

 ただ幸せになって欲しかった。

 それだけだったんだ。

 懺悔するように、彼女に思いを告げた。最後にそっと、彼女の唇に唇を落とした。


 幸いにと言うか最悪なことにと言うか、花嫁の資質である魔力には大変恵まれていたこともあり、特に問題なく花嫁にはなれてしまった。


 身ごもったと言われても実感はなくて、散々にやんちゃもしたし、現世から解き放たれて言葉使いも好きにしたし髪もばっさり切って先代を真っ青にさせたりもした。


 あっという間に十年は過ぎた。先代は気の良いおばちゃんで、レストは彼女と仲良しだった。幼馴染みの少女と同じくらい、仲良く過ごした。


 そして、出産。子を授かったときはそこそこ重かったけれど、産むときはあっさりだった。

 それよりも、その後が問題だった。


「……うそだ」


 生まれた子供は、彼女に瓜二つの容姿だった。


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