第8話

「もう動いても大丈夫なのかい?」

「はい。いつまでも寝てばかりもいられませんし」


 翌日にはもうルゥは起きて動いていた。ゴーレムたちを手伝って野菜を洗ったり、料理を運んだり、ゴーレムの手では届きにくい場所を拭き清めたりなど。それ以上をしようとすると、ゴーレムたちからやんわりと止められてしまうので、あくまでも軽作業だ。

 ゴーレムたちは言葉こそ話さないものの、動作やジェスチャーが豊富でユーモラスだ。ルゥが重いものを運ぼうとすると周囲に集って慌てた様に手を振り止める。代わりに運びますよ、と言うように手を差しだしてどうぞどうぞこの上に乗せてくれとするし、周囲のゴーレムもさぁさぁどうぞご遠慮なく、とその手を勧める。表情はないが良く首を傾げるし、首が太くて胴体と繋がっているから、首を傾げると胴体も傾げる。身体全部を使って「んー?( ¯꒳​¯ )」と言いたげな風情を出す。何も持たずに歩くときは手も足も大きく振るから、連なっているとまるきり行進でもしているようだ。かわいい。見ていて飽きない。


「それなら、私に付き合わないかい? これからちょっと汗を流してこようかと」


 レストの声を受けて、ゴーレム達が慌て出した。ジェスチャーで、「ダメですよぉ(>///<.)」「妊婦さん! 妊婦さん!(✘﹏✘ა)」「激しい運動ダメ絶対!。゚゚(つД≦。)°゚。」とやりだす。


「大丈夫、軽いストレッチや運動場を歩いたりさせるだけだから。何十年も前とは言え、私だって通った道だからね、無理はさせないよ」


 ……流石にそれだけ時間が経ってたら感覚全部忘れてません? という疑問は胸の奥に押し込めた。




 予想に反して、レストは本当に無理のない範囲での運動をすすめたし、それでいて軽く汗もかいた。奴隷としてそれなりに労働に勤しんでいたつもりではあるが、結局は室内での作業が中心で、全身運動とは縁遠い生活だったこともあるのだろう。


「少しはすっきりしたかい?」

「……まぁ、一応は」


 腹の熱はもうすっかり引いている。一昨日の出来事がまるごと夢であったかのような錯覚さえ覚えてしまいそうなくらい、まったくもって、いつも通りだったのだ。本当に子を授かったのかどうかと疑問に思う。ゴーレムたちからの扱いががらりと変わったことくらいしか変化がない。


「焦ることはないし、構えることもないよ。なにせこれから10年かけて子は君の魔力を食らって育つんだ。今ならそうだな、さしずめこの程度の大きさだろうよ」


 そう言ってレストが人差し指と親指とで大きさを示し――いや、それだと両の指の先はくっ付いているんだが? 疑問に思い彼女を見れば、「それくらい小さいってことだよ」と笑われた。いやいや、いくらなんでもそんなに小さいことはないだろう。だって竜だぞ。しかもあれだけ大量の熱を注がれたのだ。


「心配しなくても、嫌でも子は育つし、腹は出る。まぁ変化はゆっくりだから、どうであれ、仕舞いには慣れるよ。大丈夫」


 そういうものだろうかと思いながら、曖昧に頷いた。




 日々は過ぎてゆく。




 半年ほど過ぎると少し腹が出てきた。単純に太っただけかも知れないと嫌な思いにかられながら、少しだけ運動を増やした。ゴーレムには少しだけ叱られた。

 だって奴隷であったころよりもずっと良い食事をしている。そのくせ身体を動かす量は少ない。かと言って折角ゴーレムたちが用意してくれた食事を残すのも忍びなかった。

 それからも少しずつ体重は増していったから、焦って更に運動を増やしたところでレストから笑われた。それは子が育っているんだよ、と。増加した分の体重を知らせれば、ほんの一瞬考え込みはしたものの「うん、……やっぱりそう、……だと思うよ」と答えをくれた。視線は若干斜めに余所を向いていた。


 1年が経ち、2年が経ち、3年を超えるころには、はっきりと腹が出てきた。

 本当に子が育っているのだと、ようやく少し実感が持てた。


 5年が過ぎた。レストが腹に巻く用の晒しをくれた。あまりキツくしすぎない方が良いよ、ゴーレムに任せず自分で巻くように、と教えてくれた。ゴーレムに任せるとちょっとばかり緩すぎになるのだそうだ。普通は逆じゃないだろうか。


 あまりにも変化のない日々は淡々としていて、本当に日が過ぎているのかが分からなくなる。小さな箱庭の中にいるのはレストとルコラ、それに自分の3人だけ。ゴーレムはいるけれど、人型ではない。ルコラは基本的に話さないから、会話するのはその内レストと自分の2人だけだ。朝に挨拶を交わして一緒に軽い運動をして少しだけおしゃべりした後は、意識的に会おうとしなければ夕食までほぼ会うこともない。


 魔術の勉強をしはじめた頃は、質問があるたびの彼女の姿を探した。

 もっとも、本当に初期の右も左も分からない時期を過ぎた後は、出来る限り自力で頑張るようになった。あまりにも稚拙な質問に答えて貰うのは申し訳ない気持ちになったのが1つ、もう1つには、彼女と自分の魔術の素養が随分異なっていることにもあった。

 彼女の魔術は基本的には自身の肉体に作用させる身体強化が主だったが、ルゥの得手は外部に己の魔力を放出するものだった。両者の共通は精々自身の魔力検知や体内で魔力を練り上げる手法程度のもので、魔力の管理や使用の際の細心については聞けば聞くほど混乱し正解から遠ざかることさえあったからだ。

 幸い、魔術学習に関する資料は豊富だった。過去の花嫁達に感謝しかなかった。


 10年が過ぎる頃には、ルゥは一通りの修練を終え、一応は魔術師を名乗るに過不足のない程度の実力が身についていた。

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