第13話
今日が、レスト、ルコラと共に過ごす最後の日だ。
朝から賑やかなゴーレム達がご馳走を用意して歓待してくれる。最後なんだから食いねぇ食いねぇと言わんばかりに、4人それぞれをおもてなしだ。
畑で取れたばかりの新鮮な野菜を使ったサラダにラタトゥイユ、パンには一体どこから採取してきたのだろうと首を傾げてしまうような多種な木の実が練り込まれ香ばしく焼き上げられている。そういえばここで出るお肉ってなんの獣の肉なんだろう。美味しいけど。ハーブが刷り込まれた香り良いそれをパンにのせて頬張りながら、謎だなぁと呟いた。美味しいから別になんでも良いんだけど。
お腹いっぱいにご飯を食べてすこしだけゆったりめの食休みをしてから、4人は連れ立って歩き出した。
ここへやって来たとき同様に、この世界は美しい。
「準備は大丈夫?」
「問題ないよ。君こそどうだい?」
「へーき」
扉を開けるには、条件がある。あちら側からならば比較的緩く、実は入る時以外にも、物資を届ける際にも開くことが出来る。もっとも扉を開けるにはとにかく膂力がいる。その為、滅多なことでは開けられることはない。
ルゥの時も、事前に滞在用の荷を送り込んだ時の1度と、本人を送り込む時の1度の、合計2度だ。それ以降、扉が開かれたことはなかった。
こちら側から開けるには、竜の子に開けて貰う必要がある。そして竜の子が扉を開けてくれるのは、花嫁が役目を終えてあちらに戻るときだけだった。
綺麗に敷き詰められた砂利は、実はゴーレムたちが丹精込めて整えてくれているのだということを今は知っている。
花壇はルコラの趣味だ。時折レストがイタズラして、予想外の色の花が混ざっていたりもする。そういう時、ルコラは嬉しそうに不揃いの花を愛でていたっけ。
爽やかな風を頬に受けながら。ゆっくりと歩いた。
ドレスを着て、化粧をして、死にそうな顔をして転がり込んできた。
男だとばれたら死ねって言われて、そうしなくちゃいけない気持ちと絶対イヤだって気持ちでぐちゃぐちゃだった。
「ルコラ、お願い」
「はい、レスト」
レストの願いを受けて、ルコラが虚空に手を伸ばした。現れた扉は、あの日向こう側でみた扉とそっくり同じ、白く巨大なものだった。
その扉を、ルコラがゆっくり押し開いた。
「じゃあね、ルゥ」
「はい。レストも、元気で」
最後の言葉を交わし合い、そうして、僕は、外の世界へ踏み出した。
「……良いんですか、それ」
「良いんだよ。だってさ、それが私が一番、やりたいことなんだもの」
外の世界への扉を開く。そうしたら、ねぇ、ルゥ、君はリグと一緒に外の世界へお戻りよ。そう提案されて驚いた。
10年が経っている。既に情勢は大きく変わっているだろう。奴隷紋は解除してあるし、ルゥはすっかり自由の身、のはずだ。
「でも、だって、それじゃあ、結界が――」
「ぶっ壊れるね。ざまぁみろだ」
「良いんですか、それ」
「だから、良いんだよ。だってさ、ルゥは結界は、絶対に必要なものだと思うかい?」
「それは」
「隣国にいたなら分かるだろ? 他の国にはこんな便利で安全なものはない。なくてもみんなちゃんと暮らせてる。こんなもの、絶対に必要なものじゃないんだ」
それは確かにそうだった。この結界はこの国だけのもので、だからこそ、結界と言えばこのヴァルマール国の結界を意味するほどなのだ。
「それでも、もしどうしても必要だというなら、必要だと思って、維持することを望む人達が、自分達の力で維持したら良いんだ。そんなものを望みもしない、成人したての子供を無理矢理生贄に捧げて、その人生を全部食い潰して、維持するようなもんじゃない」
初代はまだ良かったのかもしれない。伝承でしかないが、一応は本人がそう望んでなった花嫁だった。けれど次代は? その次は? 時代が下る程に、選定は形骸化し、役目は押し付け合いになった。
レストは生贄逃れを画策した王族に、要件を満たしていない幼馴染みを殺された。本人もだまし討ちされた身だ。
ルゥも似たようなものだ。身代わりに仕立てられ、否応もなく強要された。
つまり、彼らにとって結界とは、その程度のものでしかなくなったのだ。
自分が損害を被るのはごめんだが、便利なものは手放したくない。自分よりも立場の低い者に犠牲を強いて維持できればめっけもの。
要件の合わない子を死に追いやったのが最たるものだ。
レストは「決してあいつらは許さない」と、ルゥに穏やかに微笑んだ。目が全く笑っていなかった。
少しだけ悲しかった。レストが言う許さないヤツらに、なんとなくだけれど、レスト自身の含まれているような気がして。
「リグと一緒にお行きよ。その為にリグをこれでもかと鍛えたんだ。今度は野盗ごときに負けやしないさ」
「……でも、それならレストは」
「私は残るよ。ルコラを残してはいけないし。それに……間もなく死ぬからね。どうせ死ぬなら、私はルコラに看取られたい。最後まで一緒に過ごしたい。――何しろ随分長いこと、私達はすれ違っていたからね」
ルゥは承諾した。間もなく訪れる別れに、誰もいない場所で、少しだけ泣いた。
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