第14話

「大した騒動だな」


 あの庭から出てすぐに、ルゥは魔術を使い姿をくらました。扉の開閉する音に神官らしき男達がやってきたが、その時にはもう姿は消して、扉もきちんと閉まっていた。見れば、男達の顔が違う。この10年で代替わりしたらしい。

 男達はしきりに周囲を調べながらも、扉を開けることはしなかった。出来ない、が正解かもしれない。男達の身体は痩せていて、とても扉を開閉できるだけの力があるとも思えなかった。


「順当に行けば、これから100年は扉を開く必要がありませんからね。形ばかりの役目になったのでしょう」


 けれどそれから数日後、結界は消えた。


 魔物に対する備えを結界に依存していた国は豊かで、弱かった。他国よりも豊かな土壌は魔物を呼び、良い狩り場になってしまった。

 今の王国は、兵士総出での魔物討伐で大忙しだ。


 ルゥを差し出した貴族家がどうなったのかをこっそり探れば、ルゥを身代わりにした令嬢は隠されていただったとして他家へ嫁いでいた。しかしそれまでの生をまるごとのものとして捨て去ったのだ、隠されていたにしては良く教育をされている、とされながらも、出自を常に疑われ、嫁ぎ先での扱いはあまり良いものではなかったようだ。

 10年の間に子を授かることもなく、夫には幾人もの愛人を作られて、その愛人の子を実子として迎えながらも尊重されることのない、寂しい生を送っていた。


 彼女の実家は、を花嫁として差しだした家としてかなりの地位を得ていたが、今回のことで崩壊した。

 何しろ、結界の維持を前代から引き継いだ後のタイミングでの結界崩壊だ。すべての責任が覆い被せられ、戦犯たる娘を差し出さなくては家が取り潰され当主を含め一族全員処刑されることになった。しかしそのは創作の存在で、しかも扉の向こう側だ。


 逃れる術はないだろう。

 だってたとえ創作のを求めて扉の向こうに行ったとしても、そこにはもう誰もいない。レストは永い眠りに就き、それを見送ったルコラもまた、竜の元へと還ったはずだ。


 空っぽのあの美しい空間は、それでも暫くは維持されるだろう。愉快な動きのゴーレムたちによって。

 ああ、ひょっとしてあの空間にを探して送り込まれるものが居たとしたら、その人はあのゴーレムたちに歓待されてしまうかもしれないな。気の良いゴーレムたちは、きっと親切になんの他意もなく来訪者を持てなすだろう。


 導き手はもういないけれど、資料はたくさん残されている。それを読み解けるだけの頭があり、そして本人にその資質と意思があるのなら、結界を張り直すことも、可能かも知れない。

 ……まぁ、そんな有能な人間が送り込まれる可能性は、限りなく低いだろうけどね。


「何か楽しいことでもありましたか?」

「んーん。別に」

「笑っていましたよ?」

「んー……ゴーレムたちのこと、思いだしてた。なんだかちょっと懐かしい」


 今2人がいるのは王都だった。本来ならすぐにでも国を出たかったが、何しろ国境が騒がしい。被害も多数出ているから、落ち着いてから出国するほうが良いだろうという結論になった。騒ぎのどさくさに出て行くのも良いのではと思ったが、それで魔物に殺されてしまっては本末転倒だ。

 もう少ししたら街を移動し、少しずつ国境を目指したい。


 リグから丁寧な言葉使いで接されるのは未だに少しだけ慣れない。けれど明確に父であった彼と態度を変えてくれているのは、多分リグの思いやりだろう。混同しにくいように、あえてそうしてくれているみたいに感じられる。


「後悔していますか?」

「ぜんぜん、まったく! 僕はそんなに優しい人間ではないよ」

「ああ、いえ、そうではなく。だってほら、ゴーレムたちの作る食事は、とても美味しかったでしょう?」


 こちらに来てから、あなたの食事量が落ちているのが心配です、と真顔で言われて、それは確かに、とこの10年の食生活を思いだした。……充実し過ぎていた。


 お陰様で、10年前にはやせっぽちで傷だらけだった奴隷少年が、今ではすっかり正常な体型で身長だってそれなりに伸びた。それなりに伸びたのにそれでもリグに追いつけていないのは彼のとしては遺憾以外のなにものでもないが。


「これからどうしようね」

「したいことがありませんか?」


 花嫁として、竜の子を身ごもって、その時に体質は変わっている。

 竜の魔力をその身に浴びて、老いはゆるやかに、身体もとても頑健になった。


「リグは何かしたいことがある?」

「俺は、あなたと一緒にいたいです。一緒にいられるなら、どこだっていい」


 リグの言葉に、ルゥは笑った。嬉しくて、悲しくて。

 竜の子としての本能のようなものもあるのだろう。リグは一途にルゥを慕ってくれている。それはとても嬉しくて、そして割り切れないものを胸に残した。


 ああ、そうか。これが罪か。

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竜の花嫁 ふうこ @yukata0011

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