着せ替え人形
『ブラッド歴1900年。11月15日』
エミリオ卿の電撃訪問から数日後のこと。
私は日課になっているレオンのお見舞いに行った帰り、病院の玄関で迎えの馬車を待っていた。
入院病棟の面会時間終了ギリギリまで病室にいたから、もうここに残っているのは私だけだ。
季節は秋も終わりに近づいて、木々は葉を落とし始めている。
通りに沿って並んで植えられたプラムの木が赤く紅葉していて、それが風に舞っているのを、私はなんとなく見つめていた。
すると、並木の向こうから真っ黒の大きな馬車がやって来るのが目に入る。
でもあれはうちの馬車じゃない。
不思議に思っていると馬車は私の目の前まで来て、中から黒ずくめの男が数人現れた。
男たちは私の前に一列になり揃ってお辞儀をしてくる。
「姫、お迎えにあがりました」
「……はい?」
何この人達? 姫って?
気をつけをしたまま微動だにしない男たちを、私は困惑しながら見つめた。
「あの、人違いじゃ?」
「いえ、あなた様のことです。ティナ様」
「え? 確かに私はティナですけれど……。えっと、何のようですか?」
「とりあえずこちらへ」
一番手前にいた男が私の腕を掴む。
悲鳴をあげて抵抗したら、男たちは一斉になって私を無理やり馬車に詰め込もうとした。
「ちょっと、何なんですか!?」
「手荒な真似はするなと言われているので、大人しくしてください」
言われている?
誰かに指示されてるってこと……?
ーーあ!
私は一瞬で悟った。
この人達はきっとエミリオ卿の手下か何かだ。
まさか、私が婚約を承諾しなかったから無理やり拉致しようと!?
……なんて、エミリオ卿の立場が悪くなるだけだから流石にないよね?
一体何をするつもりなんだろう。
ふと、私の腕を掴んでいる男と目が合う。
その眼差しが怖いくらい冷たくて、私は抵抗するのを諦めた。
「分かりました……。ついて行きます」
私が乗り込むと同時に馬車は走り出す。
不安になりながらじっとしていると、馬車はやがてある館に到着した。
庭園に真っ赤な薔薇が咲き乱れている美しい館だ。
外に出て、警戒しつつ男たちに着いていく。
館の中に入ると私はますます意味が分からなくなった。
ここは誰かの住まいではなく、レストランかホテルのような所らしい。
黒いシャンデリアのついた薄暗い広間を、執事のような格好をした者や真っ黒な正装に身を包んだ男女がちらほら行き交っている。
更に私は長い廊下の一番奥にある部屋に通されて、案の定そこにはエミリオ卿が待ち構えていた。
「ようこそお越しくださいました、ティナ嬢」
エミリオ卿は私を見るなり優雅に会釈をする。
彼も広間に居た人たちと同じように仰々しいスーツを着ていて、けれどネクタイやシャツまで黒くてなんだか異様だ。
「来たくて来たんじゃありません。いきなり何なんですか?」
「ティナ嬢は背が低いので、丈の短いドレスが似合いそうですね」
「え……あの、馬鹿にしてます? 質問に答えてください」
「さてと」
エミリオ卿は私の話を思い切り無視して、部屋を区切っているカーテンを開けた。
どうやら奥がフィッティングルームになっていたらしく、そこにはドレスや靴が所狭しと並べられている。
いくつかドレスを持ってきたエミリオ卿は、「ふむ」とか「なるほど」とかブツブツ言いながらドレスを私に当てて見せた。
「ですから何なんですか!? そもそもここはどこですか!?」
「ここは私が経営しているコンセプトレストランです。ダークな世界観が人気なんですよ」
とエミリオ卿は自慢げに言った。
確かに広間に居た人たちはみんな黒い服を着ていたし、館の内装も黒、黒、黒。
どうして私はこんなところに連れてこられて……って、そういえば。
エミリオ卿がうちに来た時、去り際に食事をしようとか言っていた気がする。
だから連れ去ったの?
いくらなんでも強引すぎる。
「あのーー」
「ああ、これが良い」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったらエミリオ卿に遮られた。
彼は裾がレースとフリルで広がっている真っ黒なドレスを手にしてにっこりと笑う。
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