ダウナー系ヴァンパイア様

『ブラッド歴1899年。10月25日』


 細長いレンガを敷き詰めた石畳を踏んで、門の前で馬車は停まった。

それに乗り込もうと、屋敷からお父様とお母様、それからお兄様が出てくる。


「ほらあなた。急がないと遅刻しますよ〜」


 と、お母様はネクタイを結びながら慌てて歩いているお父様を急かした。

けれどそのお母様自身、私が立っている門までの階段をゆっくりゆっくり降りている。


「いやー参ったな〜ネクタイが全部クリーニング中だなんてな〜。ジェイスのものがあって良かったよ」

「父さん、案外似合ってますよ俺のネクタイ」

「えへへ、そうかな?」


 お兄様は一番後ろからあくびをしながらやって来て、お父様とお母様を追い越すと真っ先に馬車に乗り込んだ。

似合ってると言ったネクタイは派手なボタニカルの柄物で、どう考えても五十過ぎのおじさんには似合っていない。

適当すぎる。


 三人はこれから月に一度行われる貴族会に出かけるのだ。

日取りは前もって決まっているというのに、なぜこうも慌てて屋敷を出ているのか。

お兄様に至っては慌ててもいないけれど。


「もう、お父様にもお母様にもいつも五分前行動を心がけるよう言っているじゃないですか!」


 私がそう言って怒ると、お母様は困ったように頬に手を当てた。


「ティナちゃんの言う通りよねぇ。お母様も気をつけているのだけど……なぜか毎回ギリギリになっちゃうのよねぇ」


 そのセリフ、前にも聞いた気がする……。


「お兄様もまた夜遅くまで遊び歩いていたでしょ? あくびをしないで、みっともないから!」

「大丈夫大丈夫。うちの事なんて誰も気にしてないから」


 ひらひらと手を振って早速馬車の中で寝る体制になったお兄様に、私は盛大なため息をついた。


 うちは今でさえ権力もないただの一貴族だけれど、はるか昔は王族だったゴールド家だ。

なのに何でこの人たちはこう……だらしがないの?


 ようやくお父様とお母様が馬車に乗り込む。

出発するかと思いきや、扉についている窓が少し開いてお父様が顔を覗かせた。


「ごめんな〜ティナ、今日は大事な日なのに何も手伝えなくて」

「大丈夫ですよお父様。ほら、本当に遅刻しちゃう」

「おっと、じゃあ行ってくるよ」


 お父様が慌てて窓を閉めた後、馬車は出発した。

私はその姿が見えなくなると「よし!」と気合を入れて、手にしていた看板を門へ立てかける。


『ゴールド家の秘宝 展覧会開催中』


 と書かれたそれを私は満足気に見つめた。

お父様の言った大事な日、というのはこの展覧会の事である。


 貴族が政権を握る時代はとうに終わり、今やそれは旧時代の象徴的存在にすぎない。

しかし我が家は未だに悪の印象を持たれている。


 娘の血を売って天下を取った、姑息で冷淡な一族だから。


 そこでイメージ回復のために企画したのがこの展覧会だ。

どんなに地位が落ちても守り抜いてきた家宝を無料で展示している。


「お嬢様、係の者の準備が整いました」


 しずしずと私の元へやってきた数少ないメイドが私に耳打ちした。

私は高鳴らせながら屋敷の玄関に立っているドアボーイに向かって手をあげる。


 この国の伝統芸術だって生活様式だって元祖は元王族の我が家だ。

きっと、良く知れば世間から見直してもらえるはず!


「よし、開場よ!」


 そして……。

あれから五時間が過ぎ、現在の時刻は午後三時。

スパッと言うわ。

来場者はゼロ!!


「おかしい。絶対に。もしかして看板が風に飛ばされてる?」


 受付のテーブルに肘をつきながらひとりごちたその時。

玄関の方から足音がして、私は勢いよく身を乗り出した。


 もしかしてお客様が来たーー!


 と思ったら、そこにいたのはゴシックなネイビーのスーツに身を包んだ銀髪紅眼の美青年だった。


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