第二の狂愛者


『ブラッド歴1899年。10月30日』


 まだニワトリも鳴かない明け方の時間。

私は廊下を走るけたたましい足音と部屋の扉を開ける音で目が覚めた。


「ティナ!! 大変だ、起きろ!!」


 ジェイスお兄様の声だ。

珍しく焦っているけど……。

なんだろう?


 また明け方まで遊び呆けて、とうとう何かやらかしてしまったのだろうか?

でも、いつも飄々としているお兄様が焦るほどのことって?


「おい! 起きろって!」


 体を揺さぶられて私は目を開けた。


「何、どうしたの?」


 ぼーっとお兄様の顔を見つめていると、お兄様は息を大きく吸って、それから顔を伏せて何かを言い淀んで……また私を見た。


「今朝、レオンの叔父さんのエミリオ卿から連絡があったんだ。昨晩ガーネット家が何者かに襲われて……」

「え?」

「おじさんとおばさんが亡くなったって……」


 ーーうそ。


「え、嘘だよね?」

「……嘘じゃない」


 お兄様、何を言ってるの?

全然、意味が分からないんだけど……。


「レオンは無事だ。今から病院に行くぞ」


 そう言われても衝撃が強すぎて体が動かない。

私が呆けているのに気づいたお兄様は、私を引っ張ってベッドサイドに座らせた。

そしてクローゼットを勝手に開けて適当なワンピースを投げてよこす。


「……ティナ」

「……」

「ティナ! しっかりしろ!」


 そんな事を言われても……。

頭が、回らなくて。


 私がいつまでもそうしているから、お兄様がカーディガンをひっぺがしてきた。

そして、ナイトドレスの上から乱暴にワンピースを被せてくる。


 そんなの絶対ゴワゴワするのに。

それでもお兄様は無理やりボタンを留めて、適当に私の髪を手櫛で整えた。

それで、気づいた時にはもう外にいて、馬車に乗り込むとそこにはお父様とお母様が待っていた。


「あぁ、ティナ……。大変なことになったわね」


 そう言って私を抱きしめるお母様の目は泣き腫らしたように真っ赤で、お兄様の言った事が嘘ではないのだと実感してくる。


「お父様……犯人は誰なんですか……?」


 震えながらそう尋ねた私に、お父様は少し言いづらそうに顔を俯かせた。


「エミリオ卿と警察が駆けつけて、現行犯逮捕したそうだよ。犯人は……」


 ゆっくりと、お父様は悲しそうに私を見る。


「ロッソ家の嫡男だそうだ。周りの証言だとどうやらロッソ家は資金繰りに困っていて、強盗目的だったらしいね」


 え……?

ロッソ家って、マリー家じゃない!

そんな、まさかお金に困っていたなんて信じられない。

だってマリーは全然そんなそぶりは見せなかったもの。


 声も出ない私の背を、お父様は優しく撫でた。


「ティナ……。気をしっかり持って」

「え、父さん、ロッソ家の嫡男ってジャンの事ですか?」


 お兄様も犯人はまだ知らなかったようで、動揺が顔に出ている。

そのお兄様の問いかけに先に反応したのはお母様だ。

珍しく、ものすごく怒っている。


「ジェイス。まさかあなた、こんな悪人とお友達だったの……?」

「いや、違いますよ母さん。この前たまたま俺のよく行くサロンで会って酒を奢ってもらったんです。良い仕事が見つかったって言ってましたけど……」

「奢りまわってお金がなくなったのではなくて? なんて劣悪なのかしら」

「おい母さん、ジェイス。今はどうでも良いじゃないかそんな事は。ほら、この話はもうやめよう」


 どんな顔をしていたのかは自分では分からない。

お兄様は私を見て申し訳なさそうに口をつぐんだ。


 色々な事が頭の中を駆け巡っていて、私はずっと何も喋る事ができなかった。

それは私だけじゃなくて、みんなも。


 やがて馬車はレオンがいるという病院に着いた。


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