***


「けれど、私は興味がありますよ。この展覧会」

「そうねあなた。ティナちゃん、明日見に来ても良いかしら?」


 チクチクと身内からダメージを食らう中、ずっと黙っていたレオンのご両親は私にそう言ってくれた。


「ほ、本当ですか? ぜひ来てください」


 声を明るくする私に、おじ様が瞳を細めて微笑む。

レオンの瞳は目の覚めるような深い赤だけれど、おじ様はオレンジに近いような暖かい赤色の瞳で、その眼差しはまるで太陽のようだ。


 おじ様とおば様は見ての通り二人とも物腰が柔らかくて優しい。

おば様は確かゴールド家の分家筋の人で ”一族で一番美しい娘” というのがしっくりくるほどの美貌である。


 レオンは髪や目の色はガーネット家らしい銀の髪に深紅の目だけど、顔立ちはおば様に似ているな。

眠そうな目つきを除けば。


「……で、父さんと母さんは何しに来たの?」


 ずっと黙っていたレオンは、気だるそうに口を開いた。


「あぁ、そうだレオン。念のためお前を迎えに来たんだよ」

「え? 何かあったんですか?」


 レオンが答えるより早くお父様が反応する。

おじ様は困ったように眉を下げて笑った。


「いや、それが最近屋敷の周りを怪しい影がうろついていると報告がありましてな」

「それは物騒ですなぁ。どうぞお気をつけください」

「怖いわねぇ、強盗かしら?」


 お父様とお母様は心配そうにしている。

けれど当人からすればそこまで深刻な話でもないようで、おじ様はにこっと微笑んだ。


「ありがとうございます。弟のエミリオの紹介でしばらく護衛を増やす事になったので大丈夫ですよ」

「ほぉ、エミリオ卿は確かお医者様をされていますよね? 騎士にまで融通が効くなんて顔が広いですな」

「はは、あいつも家族思いな所がありましてね、大袈裟だと言ったんですが聞かなくて……」


 お父様とおじ様の会話を聞きながら、私は首をかしげた。


 レオンに叔父さんがいたんだ。

今まで一度も話を聞いた事がなかったな。

まぁ、レオンはそもそも自分のことをあんまり話さないか。


 そろそろ立話もお開きの雰囲気だ。

おば様はそっとレオンの肩を叩いた。


「馬車を表に停めてあるわ。私達は先に乗っているからティナちゃんとお話が終わったら帰りましょう」

「……分かった」


 おじ様とおば様が会釈をして屋敷を出て行く。

残された者達で顔を見合わせたら、お兄様は急に思い立ったかのようにポンと手を叩いた。


「さ、父さんも母さんも部屋の中に入りましょう! 今日の夕飯は何かなー」


 お兄様がお父様とお母様の背を押す。

玄関ホールに取り残されたのはレオンと私。

お話が終わったらと言っても……こういう時に限って何も頭に浮かばない。

いつも少ししか会えないから、今たくさん話せばいいのに。


 レオンも自分から話すタイプでもないし、その場が静まり返った。


「……じゃあまた。ティナ」

「えっ!? あっ、うん。また……」


 話すことがないと思われたのかレオンの方から別れの挨拶をしてくる。

だからなんとなく引きとめにくくて、私はそのまま手を振った。


 外は西陽が差し込んでいる。

玄関から外に出たレオンの髪は真っ赤に染まっていた。


 私はそれを見つめながら、あぁ、そういえば次に会うのは私の十八歳の誕生日だっけ。

それで、春になってアカデミーを卒業したら私はとうとうレオンと結婚するんだな。

なんて事をぼんやり考えていた。


 ーー当然その時は思ってもいなかった。

この時が、レオンやおじ様、おば様と交わした最後の時間になるなんて。


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