***


「いや、一生懸命だなぁと思って」


 それだけ言って、レオンは勝手に別の場所へ行ってしまった。

何か気になるものを見つけたらしい。


 私はいきなりの事に硬直してしまった。

次に意識が戻ったのは外で鳥が鳴いた時だ。


 ハッ!!

び、びっくりしたあぁ!

何で急に頭を触ってきたの!?

昨日はトリートメント三分しかパックしてないよ!


 ドクドクと心臓がうるさい。

それを押さえ込むように胸に手を当てて、私は慌ててレオンの後を追いかけた。


「ところでレオン、まだ説明が終わっていないんだけど?」

「ティナ、これは?」


 レオンは後ろから来た私を振り返ると、アクアブルーの宝石がついた金のバングルを指した。

それが気になるとはお目が高い。


「それはアカンサスの葉を模したバンクルね。この模様は家具の装飾や食器の絵付けでも定番だけど、装飾品に用いられたのはこの時初めてなの」

「そうじゃなくて宝石の方」

「え、そっち? パライバトルマリンっていう珍しい宝石よ」

「へぇ……綺麗。ティナの目みたい」


 ど、ドッキーー!!


 とわざわざ自分で言ってしまうほど私は心臓を打たれたような気持ちになった。


 そ、それってまるで私の目が綺麗って言っているような?

な、なに!?

さっきは特に宝石に感想ないとか言ってたのに。

反応に困る。


 でもレオンは嬉しそうに微笑んでーー。


「ね?」


 と私に同意を求めた。

レオンのそんな表情は珍しくて、つい見惚れてしまう。

それを否定したくなる自分が、少し嫌だ。


 ……ううん、綺麗なのは宝石で私の瞳じゃないよね。


 レオンはもう一度だけ宝石をじっと見て、満足したのか私の横に戻ってきた。


「ごめん、さっきの説明の続き聞かせて」

「……うん」



 それからレオンはただずっと静かに私の熱いガイドを聞いてくれて、二人でしばらく屋敷を歩いて回った。


 全て見終わって出入り口まで戻ってきたのはもういよいよ日が落ちるという頃。

窓から見える雲は夕焼けで真っ赤に染まっている。


「ティナ〜、展覧会の調子はどうだった?」


 レオンを見送ろうと玄関まで来た時、解放されている扉の外からそう私を呼ぶ声が聞こえた。


 このふやけた声は……お父様の声だ。

お父様とお母様、それからお兄様、更にはレオンのご両親まで揃ってぞろぞろと屋敷に入ってくる。

貴族会が終わった後みんなでお茶でもしてきたのかもしれない。


「父さん、ここに来るまでに誰かとすれ違いました? 分かりきった事を聞いたらダメですよ」


 お兄様の無礼な言葉は私の怒りに触れた。


「何ですってお兄様? ぶちのめしますわよ」

「まぁまぁ、うちは歴史はあるけど人気はないもんなぁー。ねえ、母さん?」

「そうね〜。ティナちゃん、アカデミーのお友達を呼べば良かったのに」


 お父様とお母様は呑気にふふふと笑い合った。

この二人はいつでも周りに小鳥や蝶々でも飛んでるかのようにのほほんとしている。


「嫌ですよ……」

「あら、どうして?」

「それは……言いたくないです」


 だって口に出したら悲しくなるもん。

私は生まれた時からずっと ”あのゴールド家の娘” としか見られてなかったんだもの。


 いくら勉強を頑張っても、テニスの大会で一位になっても、誰も私を認めてはくれない。

マリーみたいな変なやっかみを持つ人はいれど、友だちなんているはずがない。


 そんな事恥ずかしくて誰にも言ってないけど。

いや、友だちがいない事は決して恥ずかしい事じゃないわ。

それを恥ずかしいと思う私が恥ずかしいのよ。


 あぁもう!

それもこれも、お父様とお母様はぽや〜んとしてるしお兄様はチャラチャラしてて、うちが舐められるからよ!

私がしっかりしないとーー……ハァ。

もういいや。

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