***
「レオン、展示もう見終わったの?」
私は困惑しながら尋ねた。
レオンは無言でこちらにやって来て私の手を掴む。
「……せっかくなら一緒に見ようと思って引き返した」
「え? あ、そ、そうなんだ」
「行こうティナ。ガイドして」
レオンが珍しく強引だ。
手を引かれながら振り返る。
マリーは悔しさなのか恥ずかしさなのか、ワナワナと震えて去って行ってしまった。
「レオン。その、庇ってくれてありがとう。だけどなんで? 言い争いとか嫌いだよね?」
「ティナが泣きそうだったから……」
「な、泣かないわ! あのくらいで」
本当はほぼ泣いてたけど。
私が強がったからか、レオンは少し息を漏らして笑った。
「で、ティナはガイドしてくれるの?」
「え? そうね……」
私たちは婚約者同士と言っても、ただ家の都合で結婚するという関係にすぎない。
だから月に一回設定された交流日にお茶を飲むくらいしか接点がなかった。
そんなの一時間たらずで終わってしまうし、なんだか物足りなくない?
って思うけれど私だってガーネット家と仲良くしたいわけじゃないから、それは妥当なのである。
でもそのお茶会に比べてこれは……。
なんだかデートみたい!?
レオンが来るならアクセサリーも付ければ良かったかも。
髪も巻いたりして。
いや、別に婚約者の前で適当な格好はできないというプライドがあるだけで他意はないけど!
私は咳払いをしてレオンを見上げた。
「ど、どうしてもと言うのなら?」
「……うん、じゃあどうしても」
「ふー、分かったわ。やれやれ、そこまで言うなら案内してあげる」
まったく、しょうがないわね……!
と思いつつも私は口元が緩みそうになるのを抑えるのに必死になった。
この私がレオンの隣を歩く事を嬉しいなんて思っているはずがない。
なのに、何故だかすごくドキドキしてふふふふふ勝手に笑いが漏れてきてしまうのを誰か止めて!
私は心を落ち着けるために一度深呼吸をしてから、横を歩くレオンをチラッと見上げた。
襟元のクロスタイはレオンの中性的な雰囲気に似合っていて、体に合ったスーツは締まって見える。
いつも気だるげだけれど、身だしなみはきちんとしている所が私の中のレオンの株を上げていた。
私の視線に気づいたのか、レオンがぱっとこちらを見下ろす。
目が合わないように私は慌てて別の方を向いた。
……そうよ。
ただ外見が良いなと思うだけで特別な感情はないわ。
ヴァンパイアに忠誠心があったら、私たちは今頃まだ王族だった可能性もある。
敵対心を持たなければ私や家族が家柄で見下されるのが馬鹿みたいだもの。
気を取り直して、私は目の前の客間に入った。
「まずはここね。ここはロイヤルジュエリーの展示をしているの」
白と青を貴重にした部屋の中には、ティアラやネックレスやイヤリング、ブローチにバンクル、などなど様々なジュエリーを展示してある。
私は見ているだけでうっとりしてしまうけれど、レオンはさして興味がなさそうにぼーっとしていた。
「……眩しい」
「いや、綺麗とか凄いとか他に感想ないの?」
「ないな……」
何しに来たんだこの人。
「えーと。説明、聞きたい?」
「……うん」
意外にもレオンは頷いた。
なんだ、無表情なだけで実は楽しんでるってこと?
それもそうか。
わざわざガイドを頼むくらいだものね。
よし、それなら我が家の魅力をたっぷり伝えてレオンを感心させてやるわ!
「ここに展示されているジュエリーは、どれも現代の装飾品の原点になっているの」
まずは入り口に一番近い所に飾った、雪の結晶が連なるようなデザインのネックレスだ。
これは全てメレサイズのダイヤモンドで出来ている。
「このネックレスは五代目王妃が晩餐会で付けたものだけれど、庶民の間では生糸で編み込んだものに変わってたちまち流行したわ。つまり、それが今で言うレースの事ね」
「へぇ……」
「なんと影響はそれだけに止まらず、政治、演劇、音楽、美術と様々な分野を発展させたの。すごい、このネックレス一つで!? と思うでしょ!?」
「……うん」
「詳しく教えてあげましょう! それまで大粒の宝石が富の象徴とされてきたから、この繊細さと豪華さを兼ね備えたデザインは貴族の価値観を大きく変えたの。ワー! ぱちぱち!」
「……うん」
「細やかな輝きに魅せられた芸術家達は大きなインスピレーションを得たわ! たとえば音楽の分野では16ビートの曲が流行ったし、それから」
とそこで、レオンがいつにも増して私をじっと見ていた事に気づいた。
え? 私の顔、なんか変なの?
それともどこかにゴミでもついてる……!?
レオンと数秒睨み合う。
そしたら、レオンはぽんと私の頭を撫でた。
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