***


 受付で見舞いを申し出てすぐに病室に入ると、レオンが真っ白な部屋に色々な管が繋がれて寝かされているのが目に入る。


 その傍には、白衣を着た長身の男性が立っていた。

レオンと同じーー銀髪に赤い瞳の男性。

彼は私たちに気がつくと、綺麗な姿勢で会釈をした。


「ゴールド家のみなさん、来てくださったのですね」

「これはエミリオ卿。この度のことはなんと申し上げたらよろしいか……」


 お父様はそう言って少し頭を下げた。


 この人がおじ様の弟の、エミリオ卿?

意外と若い人だったんだ……。


 歳は三十代後半くらいだろうか?

人形のように整った顔立ちに、前髪をきっちり上げた髪型と銀縁のメガネが良く似合っている。

瞳はレオンより色が明るくて血のような朱色だ。

それが何故か少し怖く感じて、背筋がゾクっとした。


「レオン君の容体はどうですか?」


 お父様がエミリオ卿に質問する。

彼はこの場にいる全員を見渡した。


「外傷はありません。ただ、事件を目の当たりにして酷いショックを受けたようで、今は眠っています」

「そうですか……怪我がなかったのは幸いでしたな」

「いえ、それがーー」


 その後の言葉が、エミリオ卿からなかなか出てこない。

彼は悔しそうに拳を振るわせると、悲痛な表情を浮かべてレオンを見つめた。


「……どうにも眠りが深く、このまま目覚めない可能性も高いのです」


 ハッと、横でお母様が息を飲む音が聞こえた。


 え……、と。

私、レオンともう会えないかもしれないの……?


 全てが突然すぎる。

どうしてこんな事になってしまったんだろう。

これって、夢だよね?


 手の震えを私が必死で抑えているのに気づいて、エミリオ卿は頭を下げた。


「ティナ嬢、申し訳ない。私がもっとしっかりしていれば……」

「いえ、そんな事は……。顔を上げてください」


 私は家同士が決めたレオンの婚約者で、だから辛いなんてことはない。はず。


 もしこのままレオンの目が覚めなかったら。

ただ、声が聞けないって、話せないって、それだけでしょう……?


「あ……。わ、たし、帰ります」

「え、ティナちゃん? やだわ。待ちなさい」


 混乱していて、私はお母様の制止も聞かずふらふらと病院を出た。

歩道の石畳を見つめながら歩いていると、ポタポタと足元に何かが落ちてくる。


 それが涙だと気づいたらせきを切ったように嗚咽が止まらなくなって、私はその場で子どものように泣きじゃくってしまった。


「うぅ〜っ!!」


 レオンは、両親の死を目の当たりにしてどれだけ怖かっただろうか?

どれだけ悲しくて悔しかっただろうか?


 レオンがもう二度と目を覚さないかもしれないと思っただけでこんなに怖い。


 私は、本当はレオンの事が好きだったんだ。

いつも遠くを見つめている眼差しとか、私の長話をただ静かに聞いて、目が合うと微笑んでくれる所とか、全部全部。


 その人を好きとか嫌いとかに、家のことなんて関係ないじゃない。

意地にならないで素直に好きだって言えばよかった。

月に一回だけじゃ足りない。もっといっぱい会いたいって。

今更そう思うなんて私はなんて馬鹿なんだろう。


「ティナ! 一人で行くな。危ないだろ」


 お兄様が走ってきて、うずくまっている私の肩を抱えて立ち上がらせた。

私はその腕に縋り付くようにして涙を流す。


「だって、だってレオンが……私、どうしたらいいのか分からない……っ」

「大丈夫。すぐに目を覚ますさ」


 そう言って、お兄様は安心させるように私の背に触れる。


 ーーその日、レオンは不在のまま性急におじ様とおば様の葬儀が行われた。

それは棺も閉ざされたままの異様なものだった。

二人の姿があまりに残虐だったからだと、誰かが言っていた。


 それから一週間、二週間、一月が過ぎて。

私は病院に通い続けたけれど、レオンが目を覚ます事はなかった。


 マリーも家が取り潰された事もあり、それ以来アカデミーに姿を現すことはなかった。


 心にぽっかりと穴が空いたような虚しさを抱えたまま。

私はただ毎日を生きていた。

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