***




「ヴァンパイアの遺伝子の強さは、主に瞳の濃さに現れると言います」

「そうなんですか? 確かに、レオンの瞳の色は深いですね」

「ええ、まさにレオンは完璧です。人との交配が進んでいますから、時には本家であっても目の色の薄い者が生まれるんですよ」


 そういえばおじ様はオレンジに近いような赤い瞳だった。

私は暖かい感じがして好きだったけれど……。

その眼差しを思い出すと、やっぱり悲しくなる。


「レオンが生まれた時……私は一目で虜になりました」


 エミリオ卿は記憶を思い起こすように遠くを見つめた。


「髪は凍てつく氷のように輝き、瞳は家名を現したような深い赤で……。私なんかより、レオンこそが当主に相応しい人物です」


 最後は私に言ったというよりは自分に語りかけているようだった。

悔しそうに顔を歪めて。


 私はなんて声をかけたらいいのか分からなくて、しばらくその場が静けさに包まれる。

エミリオ卿は大きくため息をつくと、顔をあげて真っ直ぐに私を見た。


「けれど、私は気づいたのです。あなたと私ならレオンと同じくらい完璧な子孫を残せるはずだと」

「な……何を言ってるんですか!? 私たちはまだ婚約すらしていないじゃないですか!」


 びっくりした。

急にそんなことを言い出すなんてなんてデリカシーのかけらもないんだろう。


「それに、私は結婚を子孫を残すためだとかそういう風に考えたことはありません!」

「ふむ、そうでしたか」


 けっこうキツめに言い返してしまったけれど、エミリオ卿は動じることなく私を興味深そうに見つめた。


「あなたと私はお互いに歩み寄る必要があるようですね。今度また食事に誘っても良いですか?」

「え。嫌です」


 しまった。

咄嗟に拒否してしまったわ。

怒られるかと身構えていたら、エミリオ卿は逆に楽しそうに微笑んできた。

謎だ。


「ふふ、ではどこかに出かけましょうか? 舞台などはお好きですか?」

「好きじゃありません」

「映画館は?」

「興味ないです」

「それなら、何なら良いのでしょう?」

「この際だからはっきり言いますけど、あなたと出かけたくはありません」

「んー、それは困りましたね。家族を人質に取るしかありませんか?」


 こいつ……!!

真正面から卑怯な手を使ってきたわ。

逆らったら何をされるか分からない。

従うしかないの?


「……分かりました。二人きりになるような場所でないならどこでも良いです」

「ありがとうございます。では、次の約束も決まったことですし今日は帰りましょうか」


 そう言ってエミリオ卿は私を屋敷の近くまで送ってくれた。

お兄様に怒られるかとひやひやしたけれど、家族は全員出払っていて誰にも心配をかけずに済んだのは幸いだった。


 自室に戻った私はなんだか気力を使い果たしてしまって、思い切りベッドに倒れ込む。


 ……どうしよう。

エミリオ卿に脅されて二人で出かけることになったなんて、誰にも言えない。

だって絶対にものすごく心配されるもの。

かといって約束を破るわけにもいかないし、完全に板挟みだわ。


 解決する手立てもなく、どうしたものかと悶々とすること数日。

私の元に、日時と場所だけ記された匿名の手紙が届いた。

差出人が書いていないけれど真っ黒の封筒を見る限りエミリオ卿で間違いない。


 三日後の午前十時。

うちの屋敷がある地域の、国立劇場の前での待ち合わせ。


 行きたくない。

でも行くしかない。


 問題は家族にバレずにどうやって行くかだ。

お兄様は案外勘がいいから注意しなくちゃ。

そうだ、朝寝坊が通常運転だから早めに家を出よう。


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ダウナー系ヴァンパイア様は溺愛(狂愛)属性が覚醒したようです。 nika @nika-25

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