e01h.ファスター・ザン・ライト

   ▼▼▼



 単車の奪還は楽勝だった。


 当然か。

 虎の子の対艦砲を正面から受けて生き残ったヤツ相手に、個人携帯火器で対抗しようだなんて馬鹿馬鹿しい。しかも、電撃を放つライフル持ちの兵士もいなかった。どうやら、完成していたのはあの場にいた数人分のみらしい。


「ほら、座れ」


 ヴェローチェの愛機、煤汚れたモトステラ、BZ9イードラにまたがる。

 後ろにを乗せて。


「オレの言ってることがわかるか? 右手は後ろのバー、もう片方はオレの鎧を掴め、いいな。あとはこのマスクを付けろ、空気が吸える」


 自分からは動かず、じっとヴェローチェを見つめ続けるきんきらきん。

 なんだよ、巡洋艦から逃げ出した胆力はどこいったんだ?


「こいつは、ここに仕舞っとくからな、いーいーな!」


 ハンドガンを取り上げ、サイドポケットに入れる。

 大事に抱えていた割に抵抗がない。


 まぁいいや。まったく……ねちっこいクモの巣だったぜ。しかも収穫ゼロと来た……適当に宇宙船パクってずらからねぇと。

 鎧のエネルギーシールドをきんきらきんまで拡張し、宇宙線と気圧差、急激な速度変化から守れるよう設定すれば準備は完了。

 鹵獲品だらけの格納庫の隔壁は開けてある。


 通電。ライトとインストルメントを確認して、ジェネレーターを起動。

 突然の快音と振動に、後ろの小さな体がびくりと跳ねた。

 イードラのジェネレーター配列は、モトステラの中でも最も基本的な縦列三基筒。音も目立った主張はない。が、地球型惑星によくある川――それも激流と呼ばれるような川に似た音を、ヴェローチェは気に入っていた。

 電波だけが飛び交う宇宙空間で……とか、人間として地球生まれの記憶が……とか、そんなセンチメンタルな理由じゃない。


 単純に気に入っている、それだけ。


「さぁ掴まってろよ」


 ブレーキを掛けて、ヴェロシティ・レンジを1へ。アクセルを回す。

 格納庫内にこだまする音に驚いたか、背中にぎゅっと力が入る。

 はッ……そうだ、ビビって良い。しっかり掴んでろよ。


「行くぜ」


 ローンチスタート。


 時速三〇〇キロで威勢良くジョロウグモ艦を脱し、まず周辺宙域をスキャン。

 NNNNクアットロ・エヌを離脱する宇宙船があれば、そいつに引っ付いてワープのご相伴にあずかる。いなけりゃ、爆速で適当なランディングパッドに押し入って、セキュリティレベルの低そうな宇宙船をハッキングして奪い取る。


 ジョロウグモの追撃がどう来るかだが、戦闘機の出撃は確認できない。

 離脱する宇宙船がある……が、一隻? 五〇キロ先からさらに遠ざかっている。


 んな馬鹿な。ウヨウヨしてるはず――。


「お姉さま!」


 雑音混じりの音声が。

 こいつ無理矢理オレの通信機に!


「わたくし以外とタンデムなさるなんて!」


 鎧の暗号化アルゴリズムを知っているとはいえ、こう簡単に突破されちゃ困る。


「フ……フフフ、まぁ所詮はお人形ですからいいでしょう……。お姉さま、逃げ場はありませんわ。NNNNの全ランディングパッドは閉鎖させました。当宙域からの脱出はもちろん、ワープアウトも制限させましたわ」


 こんな短時間でNNNNを封鎖したってか!


「その機体のFTL機関が機能不全に陥っているようだというのは、当艦の技術者から報告を受けていましたから」


 情報がお早いこって。


「お姉さま、これが! これがジョロウグモの力なのですわ! さぁ、今度こそわたくしの下に!」


 いーや、お断りだぜ!

 機首をNNNNへ。潜伏できそうな隙間はいくらでもある。


「ああ、いけませんわ、お姉さま!」


 イードラから警告が。

 大質量のアドベントポイント!?


 ヴェローチェの視界が歪む。具体的には視界の一部が。実際には、ヴェローチェとNNNNの間にある一点にワームホールの種が形成された結果、目に飛び込んでくる電磁波が曲げられている。


 何かデカいのがワープしてくる。


 種だったアドベントポイントは、黒い靄と輪郭を持って膨れ上がり、次には大小の白点がポツポツと。雨粒の付いた風防のように。

 白点が黒から零れ墜ちると――ワームホールから平べったいジョロウグモ巡洋艦が現出した。

 あいつ、自分の艦隊を呼び出しやがったのか。


「さぁ、お姉さま。わたくしの艦……テルツァ・セフィーラへお戻りくださいませ。お姉さまもまた、このジョロウグモの力に相応しい女性なのですわ!」


 アドベントポイント警告。

 また――しかもひとつやふたつじゃない。

 数十。

 NNNNの周囲に、レーダーに次々と大型艦が増えていく。巡洋艦だけじゃなく、駆逐艦までもが揃い踏みだ。


「どうしても! どうしてもご同行いただけないのでしたら……致し方ありませんわ。手荒ではありますが、強引にでもわたくしの下に来ていただきますわ、お姉さま」


 なにが『致し方ありません』だ、てめぇはもうしっかり撃ってんだろうが!

 だが艦砲射撃で小さなイードラを撃ち抜くのは不可能。

 だから、次の手。

 ジョロウグモ艦を奪う。

 最初っからそうしときゃ……。


 くい。

 肩が引かれた。


「なんだよ――っておい! お前マスクはどうしたんだ!」


 きょとんとした顔でいるきんきらきんに、届かないにもかかわらず声を荒らげた。

 宇宙でも呼吸がいらない能力だか機能だか、そこら辺のなんかがあるのか。

 金無垢の髪と同じ色の瞳孔が、チラチラと明滅する。


「あっち」


 は?

 子どもの声。


「あっちも」


 アメでも舐めてんのかってくらい舌っ足らずで、甘ったれた声が通話に乗っていた。声はきんきらきんの口の動きと同調している。


 少女は左上を指差して、ある一点を追っていた。

 駆逐艦? こっちに突っ込んでくる。

 喋れるのか、って話は置いといてやろう。


「あれがなんだってんだ――」


 艦砲ビーム。

 金色の!


 駆逐艦から集束されていない、円錐状に広がるエネルギー照射……避けられねぇ!

 イードラのシールドを全開にして受ける。通常の艦砲ビームとは違って、大粒の雨と暴風にぶち当たる勢い。

 なんだこの威力!

 シールド耐久値を示す数値がゴリゴリ削られる。寄って集ってビームを撃ち込まれない限りよっぽど目に見えて減らない耐久値が、たった一撃で二〇パーセントも吹き飛びやがった。


「お前、どんだけ髪むしられたんだよ!」


 きんきらきんは首を振った。


「んーん、わたしのじゃない」


 それはつまり――。

 もう一隻、別の駆逐艦が急接近。艦首のバカでかい砲口から、金色が放たれた。

 驟雨に耐える。

 一〇キロ以上離れているのに照射範囲から逃れられない。


「お前みたいなのが他にもいるってか!」

「うん。あっちも」


 直上からは巡洋艦が。他の同型艦と違い、先の駆逐艦と似た砲口が艦首に。


「ふざけんな!」


 最大加速を振るうも掠める。シールド耐久値は残り四七パーセント。半分切ったのは、悪ふざけで恒星すれすれをフライバイして以来。

 こんな大荒れは聞いてねぇぜ!

 駆逐艦と違って巡洋艦の離脱速度は遅い。巡洋艦に取り付いて艦橋を制圧するしかない。侵入してしまえばこちらのもの!


「いる」

「悪ぃがな、きんきらきん! お前はただの人質で……あー、だったし! 子どもを二人も三人も乗せる余裕なんざねぇし! なんとかしなきゃオレの単車はおシャカだし! お前はまた檻ん中で丸坊主まっしぐらだ! わかったか!」


 俯いてしまったきんきらきんは無視して巡洋艦を追う。

 対空砲がばらまかれるが、これは屁でもない。

 取り付いてやる。


 しかしイードラと巡洋艦の間を、艦砲射撃のカーテンが遮った。

 気付けば周囲には、戦艦一隻、巡洋艦八隻、駆逐艦二三隻が大集合。

 ヴェローチェの視界がビームで埋まった瞬間に、追っていた巡洋艦はわずかに軌道を変え、距離が離れる。


 チッ、オレひとりに大層じゃねーの!

 距離が開けば――。

 金色の土砂降り!

 シールド耐久値二九パーセント。

 くそが……オレの単車を壊されてたまるかよ!


「これ」

「子どもは黙ってろ!」

「これ」


 バシバシ叩かれる。


「なんだよ!」


 ハンドガン。

 きんきらきんがそれを差し出していた。


「うって」

「ああ!?」

「うって」


 ってこんなちっぽけな銃でどうにかなる状況じゃない。それとも、ジョロウグモが造っていた兵器みたいに、しっぺ返しできるだけの威力があるってのか?


「お前の髪の毛で間一髪凌げってか! 冗談じゃねぇぞ!」

「んーん」


 きんきらきんが初めて目を閉じた。


「わたしがあげる」


 爆光。


 金無垢の光量が急激に増して、髪の隙間から粒子が振りまかれた。

 散った粒子は、高速で動くイードラに振り切られず周囲に漂う。

 いくつかの集団を作って、規則正しく同心円状に並んだ。

 その姿はヴェローチェたちがまるで、花の上にちょこんと載せられているようで。


 ――きれいじゃねぇか。


「あっち」

「はあ? そっちにはなんもねぇぞ!」

「あっち」


 きんきらきんが左腕を伸ばした方向にジョロウグモ艦はない。だのにその手は何かを掴もうとしている。


「だから、相手はそっちじゃねぇ!」

「うっていい」


 まんまるの目は、ヴェローチェを見つめるのと同じ目で腕の先を向いていた。

 進むべき道を見据えている目。


「ったく、なんだか知らねぇが!」


 きんきらきんに倣って、左手に持ったハンドガンを真っ直ぐに構える。

 トリガーを引いた。


 花弁に似た粒子の集団が銃口に集い、一閃。

 金色の光線は宇宙を切り裂いて、自在に曲線を描き、円を成す。

 光芒が滑り落ちていく円は、ワープゲート。


「はッ……!」


 今度はオレが度胸を示す番か!


 単車ってのは大昔から、視線に従って進むもの。

 モトステラだって変わりない。

 だからヴェローチェは、そのためにアクセルを開ける。


 ふたりと一機は、光を超える。



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