e01h.ファスター・ザン・ライト
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単車の奪還は楽勝だった。
当然か。
虎の子の対艦砲を正面から受けて生き残ったヤツ相手に、個人携帯火器で対抗しようだなんて馬鹿馬鹿しい。しかも、電撃を放つライフル持ちの兵士もいなかった。どうやら、完成していたのはあの場にいた数人分のみらしい。
「ほら、座れ」
ヴェローチェの愛機、煤汚れたモトステラ、BZ9イードラにまたがる。
後ろにきんきらきんを乗せて。
「オレの言ってることがわかるか? 右手は後ろのバー、もう片方はオレの鎧を掴め、いいな。あとはこのマスクを付けろ、空気が吸える」
自分からは動かず、じっとヴェローチェを見つめ続けるきんきらきん。
なんだよ、巡洋艦から逃げ出した胆力はどこいったんだ?
「こいつは、ここに仕舞っとくからな、いーいーな!」
ハンドガンを取り上げ、サイドポケットに入れる。
大事に抱えていた割に抵抗がない。
まぁいいや。まったく……ねちっこいクモの巣だったぜ。しかも収穫ゼロと来た……適当に宇宙船パクってずらからねぇと。
鎧のエネルギーシールドをきんきらきんまで拡張し、宇宙線と気圧差、急激な速度変化から守れるよう設定すれば準備は完了。
鹵獲品だらけの格納庫の隔壁は開けてある。
通電。ライトとインストルメントを確認して、ジェネレーターを起動。
突然の快音と振動に、後ろの小さな体がびくりと跳ねた。
イードラのジェネレーター配列は、モトステラの中でも最も基本的な縦列三基筒。音も目立った主張はない。が、地球型惑星によくある川――それも激流と呼ばれるような川に似た音を、ヴェローチェは気に入っていた。
電波だけが飛び交う宇宙空間で……とか、人間として地球生まれの記憶が……とか、そんなセンチメンタルな理由じゃない。
単純に気に入っている、それだけ。
「さぁ掴まってろよ」
ブレーキを掛けて、ヴェロシティ・レンジを1へ。アクセルを回す。
格納庫内にこだまする音に驚いたか、背中にぎゅっと力が入る。
はッ……そうだ、ビビって良い。しっかり掴んでろよ。
「行くぜ」
ローンチスタート。
時速三〇〇キロで威勢良くジョロウグモ艦を脱し、まず周辺宙域をスキャン。
ジョロウグモの追撃がどう来るかだが、戦闘機の出撃は確認できない。
離脱する宇宙船がある……が、一隻? 五〇キロ先からさらに遠ざかっている。
んな馬鹿な。ウヨウヨしてるはず――。
「お姉さま!」
雑音混じりの音声が。
こいつ無理矢理オレの通信機に!
「わたくし以外とタンデムなさるなんて!」
鎧の暗号化アルゴリズムを知っているとはいえ、こう簡単に突破されちゃ困る。
「フ……フフフ、まぁ所詮はお人形ですからいいでしょう……。お姉さま、逃げ場はありませんわ。NNNNの全ランディングパッドは閉鎖させました。当宙域からの脱出はもちろん、ワープアウトも制限させましたわ」
こんな短時間でNNNNを封鎖したってか!
「その機体のFTL機関が機能不全に陥っているようだというのは、当艦の技術者から報告を受けていましたから」
情報がお早いこって。
「お姉さま、これが! これがジョロウグモの力なのですわ! さぁ、今度こそわたくしの下に!」
いーや、お断りだぜ!
機首をNNNNへ。潜伏できそうな隙間はいくらでもある。
「ああ、いけませんわ、お姉さま!」
イードラから警告が。
大質量のアドベントポイント!?
ヴェローチェの視界が歪む。具体的には視界の一部が。実際には、ヴェローチェとNNNNの間にある一点にワームホールの種が形成された結果、目に飛び込んでくる電磁波が曲げられている。
何かデカいのがワープしてくる。
種だったアドベントポイントは、黒い靄と輪郭を持って膨れ上がり、次には大小の白点がポツポツと。雨粒の付いた風防のように。
白点が黒から零れ墜ちると――ワームホールから平べったいジョロウグモ巡洋艦が現出した。
あいつ、自分の艦隊を呼び出しやがったのか。
「さぁ、お姉さま。わたくしの艦……テルツァ・セフィーラへお戻りくださいませ。お姉さまもまた、このジョロウグモの力に相応しい女性なのですわ!」
アドベントポイント警告。
また――しかもひとつやふたつじゃない。
数十。
NNNNの周囲に、レーダーに次々と大型艦が増えていく。巡洋艦だけじゃなく、駆逐艦までもが揃い踏みだ。
「どうしても! どうしてもご同行いただけないのでしたら……致し方ありませんわ。手荒ではありますが、強引にでもわたくしの下に来ていただきますわ、お姉さま」
なにが『致し方ありません』だ、てめぇはもうしっかり撃ってんだろうが!
だが艦砲射撃で小さなイードラを撃ち抜くのは不可能。
だから、次の手。
ジョロウグモ艦を奪う。
最初っからそうしときゃ……。
くい。
肩が引かれた。
「なんだよ――っておい! お前マスクはどうしたんだ!」
きょとんとした顔でいるきんきらきんに、届かないにもかかわらず声を荒らげた。
宇宙でも呼吸がいらない能力だか機能だか、そこら辺のなんかがあるのか。
金無垢の髪と同じ色の瞳孔が、チラチラと明滅する。
「あっち」
は?
子どもの声。
「あっちも」
アメでも舐めてんのかってくらい舌っ足らずで、甘ったれた声が通話に乗っていた。声はきんきらきんの口の動きと同調している。
少女は左上を指差して、ある一点を追っていた。
駆逐艦? こっちに突っ込んでくる。
喋れるのか、って話は置いといてやろう。
「あれがなんだってんだ――」
艦砲ビーム。
金色の!
駆逐艦から集束されていない、円錐状に広がるエネルギー照射……避けられねぇ!
イードラのシールドを全開にして受ける。通常の艦砲ビームとは違って、大粒の雨と暴風にぶち当たる勢い。
なんだこの威力!
シールド耐久値を示す数値がゴリゴリ削られる。寄って集ってビームを撃ち込まれない限りよっぽど目に見えて減らない耐久値が、たった一撃で二〇パーセントも吹き飛びやがった。
「お前、どんだけ髪むしられたんだよ!」
きんきらきんは首を振った。
「んーん、わたしのじゃない」
それはつまり――。
もう一隻、別の駆逐艦が急接近。艦首のバカでかい砲口から、金色が放たれた。
驟雨に耐える。
一〇キロ以上離れているのに照射範囲から逃れられない。
「お前みたいなのが他にもいるってか!」
「うん。あっちも」
直上からは巡洋艦が。他の同型艦と違い、先の駆逐艦と似た砲口が艦首に。
「ふざけんな!」
最大加速を振るうも掠める。シールド耐久値は残り四七パーセント。半分切ったのは、悪ふざけで恒星すれすれをフライバイして以来。
こんな大荒れは聞いてねぇぜ!
駆逐艦と違って巡洋艦の離脱速度は遅い。巡洋艦に取り付いて艦橋を制圧するしかない。侵入してしまえばこちらのもの!
「いる」
「悪ぃがな、きんきらきん! お前はただの人質で……あー、だったし! 子どもを二人も三人も乗せる余裕なんざねぇし! なんとかしなきゃオレの単車はおシャカだし! お前はまた檻ん中で丸坊主まっしぐらだ! わかったか!」
俯いてしまったきんきらきんは無視して巡洋艦を追う。
対空砲がばらまかれるが、これは屁でもない。
取り付いてやる。
しかしイードラと巡洋艦の間を、艦砲射撃のカーテンが遮った。
気付けば周囲には、戦艦一隻、巡洋艦八隻、駆逐艦二三隻が大集合。
ヴェローチェの視界がビームで埋まった瞬間に、追っていた巡洋艦はわずかに軌道を変え、距離が離れる。
チッ、オレひとりに大層じゃねーの!
距離が開けば――。
金色の土砂降り!
シールド耐久値二九パーセント。
くそが……オレの単車を壊されてたまるかよ!
「これ」
「子どもは黙ってろ!」
「これ」
バシバシ叩かれる。
「なんだよ!」
ハンドガン。
きんきらきんがそれを差し出していた。
「うって」
「ああ!?」
「うって」
ってこんなちっぽけな銃でどうにかなる状況じゃない。それとも、ジョロウグモが造っていた兵器みたいに、しっぺ返しできるだけの威力があるってのか?
「お前の髪の毛で間一髪凌げってか! 冗談じゃねぇぞ!」
「んーん」
きんきらきんが初めて目を閉じた。
「わたしがあげる」
爆光。
金無垢の光量が急激に増して、髪の隙間から粒子が振りまかれた。
散った粒子は、高速で動くイードラに振り切られず周囲に漂う。
いくつかの集団を作って、規則正しく同心円状に並んだ。
その姿はヴェローチェたちがまるで、花の上にちょこんと載せられているようで。
――きれいじゃねぇか。
「あっち」
「はあ? そっちにはなんもねぇぞ!」
「あっち」
きんきらきんが左腕を伸ばした方向にジョロウグモ艦はない。だのにその手は何かを掴もうとしている。
「だから、相手はそっちじゃねぇ!」
「うっていい」
まんまるの目は、ヴェローチェを見つめるのと同じ目で腕の先を向いていた。
進むべき道を見据えている目。
「ったく、なんだか知らねぇが!」
きんきらきんに倣って、左手に持ったハンドガンを真っ直ぐに構える。
トリガーを引いた。
花弁に似た粒子の集団が銃口に集い、一閃。
金色の光線は宇宙を切り裂いて、自在に曲線を描き、円を成す。
光芒が滑り落ちていく円は、ワープゲート。
「はッ……!」
今度はオレが度胸を示す番か!
単車ってのは大昔から、視線に従って進むもの。
モトステラだって変わりない。
だからヴェローチェは、そのためにアクセルを開ける。
ふたりと一機は、光を超える。
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